図書室の主 | ナノ

I'll be with you.

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 幸せそうに茜を抱くすみれの写真を、恭介は穏やかな気持ちで撮った。
「男の子と女の子かあ……。すみれちゃんも真司も、おめでとう」
「ありがとう」
 はにかむ彼からは以前の恭介への想いなんて感じられない。
 新生児室ではなく、母親のベッドの横に寝かせられた葵の頬をそっと突くと小さな舌が覗いた。
「葵。恭介が会いに来てくれたよ」
 父親の顔をした真司が愛おしそうに葵へ声を掛ける。
 恭介は急に気分が悪くなってきた。
「ごめん、俺、帰るよ」
「ああ。送ってやれなくて悪いな」
「気をつけてね、恭ちゃん」
 自分には絶対に手に入らないであろう光景に背を向けた。



 葵たちが生まれてから約二年後、すみれは男児を出産した。薫と名付けたらしい。
薫にもいつかは会いに行かなくては、と思いつつ、数週間おきに告げられる「あなたも結婚する気なら考えておきなさいよ」という母の言葉にうんざりして足が遠のいていた。
そんな日々の繰り返し、日常が狂い始めていることも知らずに。
接客中、ケータイが鳴った。
 普段は切り忘れることもないのに、首を傾げながらディスプレイを確認すると母からで。
“――っ!”
 中身もよくわからないまま、ただ血液が逆流しそうな感覚に襲われ眩暈がする。
 接客を中座し、恭介は飛び出した。



 道路に飛び出した葵を庇い、すみれはトラックに轢かれ亡くなった。
 すみれの親族であるから通夜も葬式もずっと真司の傍にいた。
 薫は恭介の伯母があやし、茜はじっとしていたが、わけもわからずすみれを探す葵を怒鳴りつける真司の姿が痛々しくて、でも恭介は自分が何に哀しんでいるかわからなくて。
「お前のせいで……っ!」彼女の骨壷の前で真司が葵に手を上げようとした瞬間、彼の兄が真司を殴った。
「頭を冷やせ、真司。あと、樋山」
 恭介も一発食らった。体がよろける。
「俺の憂さ晴らしだ。謝る気はない。ふたりとも出ていけ」
 中から鍵の閉まる音がする。
「真司、鍵は?」
「……ない」
 どうやら閉め出されたらしい。
「お前が」
「え……?」
「お前がいなければ、俺はすみれに恋はしなかった」
 恭介を貫く悪意と狂気に身が竦んだ。
「お前が、俺に恋をしなければ」


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