図書室の主 | ナノ

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 中高時代のクラスメイト名賀暁が空のグラスを弄びながら恭介を睨みつける。
 真司が生徒会長を務めたとき副会長だった、彼の片腕として名を馳せた切れ者。当然、結婚式の招待状も届いたのだろう。
 いきなり指名が入ったから誰だと思いきや知り合い、しかも開口一番にそれを言われたものだから仕事中といえど恭介は怒鳴りたくなった。
「なあ、樋山」
 その呼ばれ方も久しぶりで、どうすればいいかわからない。すると名賀は何を想ったのか「ああ、ココだったな。悪い」と言った。
「ココは時間外営業もやるのか?」
「……生憎、ここは風俗店じゃなくてれっきとしたおもてなしの場なんだ。――秋一たちは勘違いしているけどね」
 その秋一も二ヶ月前から行方不明だ。更に、瑞樹までいなくなったと動転した柚葉から聞いた。
 せめて、あのふたりは幸せに。柚葉の報せを聞いて望んだのはそのひとつだけだった。
 余程博識か機転が利く者でないと表に出ることは適わない。真司のためにも誤解したままがいいと思い恭介は黙っていたのだがどうやらそれも裏目に出たらしい。いや、この場合は成功なのか。
 彼に捨てられることを望んでいたのだから。
「それは残念」
 元クラスメイトから発せられた台詞に動揺し、呼吸が乱れる。
「俺、ココならいけそうだったんだけど」
「ふざけないでね。そんな店がいいなら紹介するよ」
「いや結構。もう少し樋山と旧交を温めたい。彼女、君の従妹なんだって?」
 触れられたくなかったそのことに土足で踏み込んでくるこいつが憎い。何しろ、招待状を見るまで恭介も知らなかったのだ。視線で射殺せそうな恭介を鼻で嗤い、名賀は肩を竦めた。
「アンフェアなのは俺としても具合が悪い。まあ、君ならわかってそうだけど――姉のクラスメイトさ。姉宛てにも招待状が届いたよ」
 名賀の双子の姉、真朝には恭介も過去数回会ったことがある。男勝りで、優しくて、したたかな女性だった。
「なあ、樋山」
 しみじみと名賀は言う。
「俺たちは緒方の花嫁姿を想像しこそすれ、こんな結末は望んでいなかった」
「何が言いたい?」
 周りの人間は歓談に興じていてホストと客の不穏な空気にも気づかない。
「俺個人の意見を言おう。――樋山と緒方の結婚式に呼ばれることを楽しみにしていた。真朝もだ」
 じっと名賀と見つめ合う。恭介は満面の笑みを浮かべ名賀の腕を取った。
「お客さま、お帰りはあちらです」
「ああ、そうさせてもらうよ。樋山」
「お客さま」名賀の発言を封じるように恭介は名賀の唇へそっと触れる。名賀はそれを外した。
「幸せになれ」
 入口で会計を済ませ出ていった元クラスメイトの背を恭介は呆然と見送った。



 すみれと真司の間に子どもが生まれたと母から聞いて、見に行くかどうかを迷った。
 彼らの子どもを、かわいいと思えるだろうか。
「恭ちゃん。こっちが葵で、こっちが茜」


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