本編
ギィと嫌な音を立てて図書室の扉が開く。
心なしか最初のころより開けにくくなった気がする。自分は構わないが両手に本を抱えた彼がこれを開けるのは楽ではないだろう。
明日にでも家から油を持ってきて蝶番に注そうと思いながら入った図書室は薄暗いが風が吹き抜けて心地よい。 彼はいつも通り小説の棚を背もたれにして本を読んでいた。
「緒方」
呼びかけても返事がない。集中して反応がないのはいつものこと。
寂しく感じるが邪魔する気もないので靴を脱ぎ彼の横に腰かける。
小説スペースだけカーペットが敷いてあり、上履きを脱がなくてはならないから面倒ではあるけれど、彼の隣に自然な形でいられるこの空間を樋山は気に入っていた。
「緒方」
彼の横顔を見つめてもう一回呼びかける。返事はない。
そう、返事はない。聞こえてないのだから。
「好きだよ」
彼には聞こえていない。
わかってて言う自分を愚かだと思うが直接言う度胸がないから仕方がない。はあっと大きく吐いた息は応えが欲しいと嘆いているようで恨みがましい。
昼休みの図書室は誰もいない。放課後の図書室も。
この場所を有効利用しているのは校内で彼だけだと知っているから安心して言える。
図書委員より長くの時間をここで過ごす彼を、ずっと見つめているのが好きだ。
――昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
彼は気づいていない。
「緒方」
返事がない。
肩を叩く。気づいていない。
仕方ないから本を取り上げた。
毎日のことなのに状況が把握できず呆然とする緒方に告げる。
「昼休みはもう終わり。借りる本は?手続きをするから貸して。あ、返す本はあっちに置いといて」
彼が指差す本を棚差しから引き出すうちに笑みがこぼれてきた。
図書委員なんて面倒なだけだと思っていた。
だって誰もこないのに、いつ来るかわからない貸出のためだけに毎週放課後数時間拘束されるし曝書で休みが潰れるし。
でも、彼がいるから。
本に差し込んである貸出カードに彼が学年クラス番号名前を書き込んでいくが10冊も間に合わないので5冊分引き受ける。
彼が借りる本は毎日10冊。そして必ず翌日には返却する。
そして、貸出印と返却印を押すのは自分。
「はい、終わり」
彼の両手に乗せて時計を見るとあと三分。
「走るよ」
頷く気配を確認してから、ふたりは教室へと駆けた。
おわり。