図書室の主 | ナノ

Honest rights

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 真司へ対し刺々しい友人は珍しく、どうすればいいかもわからないままキッチンへ行こうとして腕を掴まれた。
「ココを追いかけないのか?」
「あいつも幼稚園児じゃないからな。しばらく経ったら戻ってくるだろう」
「そうやって、また、逃げるのか?」
「説教なら、断る」
 やんわりと腕を外し、本気をちらつかせても秋一は怯まない。それに苛立ちながらも面白いと思っている自分がいる。
「お前は、想像したことあるのか? 十年後、二十年後――っ!」
 秋一の問いかけに、胸の奥が軋んだ。いつも恐れていることだ。あいつに捨てられた自分。あいつは素敵な女性と巡り合い、子をもうけて幸せな家庭を築くだろう。あいつの未来に自分がいないことくらい、とっくに知ってる。
 努めて穏やかな声を作り、秋一を見据えた。
「俺にどうしろと」
「それくらい自分で考えろ。僕はもう帰る」
 真面目に将来を考えて、幸せになってほしいという秋一のメッセージも余裕を失った真司は見抜けない。背を向けた秋一を追う気にもなれず、ただ呆然と見送る。のろのろと立ち上がり、部屋を見渡した。
 六ヶ月近く一緒に暮らした部屋には、以前よりもあいつの痕跡が増えた。切ない想いをした寝室にも甘い思い出ができた。これから、どうやってひとりで暮せと言う?
「……ご飯」
 胃が鈍い痛みを訴える。自分のための朝食を作りながら、真司は考えた。腹を満たしても決断は変わらず、紙袋にあいつの痕跡を詰め込んでいく。
 形のあるものは、小さな紙袋にすべて収まり、ああ、この程度かと冷めた気持ちで見つめる。
“別れる。荷物は外玄関に置いている。取りに来い。今日中に来なかった場合、俺が処分する。”
 メールを送信、紙袋を外に置いて鍵を閉めた。更に、普段は使わないチェーンも掛けて扉にもたれかかり膝を抱える。
 俺にはあいつしかいない。だけど、あいつがいなくても生きていける。
 女を抱いていることを知っても、瑞樹や亮介に抱かれていることを知っても、傷つきこそすれ、それでも好きだった。
 秋一の言葉で限界を超えた。もう、うんざりだ。
 耳が廊下を駆ける足音を捉えた。好きだと口走りそうになる心を宥め、只管息を吐いた。
「真司」
 ドア越しに聞こえた声に胸が高鳴る。息を乱したあいつが、この扉の向こうにいる。あいつは、慌てて鍵を開けようとするはずだ。それを真司が冷たく突き放して――。
「真司。今までありがとう。俺は最低だし卑怯だけど、真司がずーっと好きだよ。これからも、大好きだよ。幸せになってね。――結婚式には呼んでね。これからも友達でいてくれると嬉しいな」
 あいつの綺麗な笑みが思い浮かぶ。本気でそう思ってるんじゃないかと思うほど、爽やかな声。無理なんて感じられない。
 終わった。負けた。
 ごそりと紙袋を持ち上げる音、郵便受けに鍵の落とされる音がする。あいつの気配が遠ざかる。焦ってチェーンを外そうとしても指が滑る。
 外へ飛び出したときにはあいつの姿はなく、体から一気に力が抜けた。
 どこかで、信じていた。あいつが、真司のことを手放すはずがない。でも、もう認めるしかない。
 捨てられた。


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