図書室の主 | ナノ

Honest rights

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 恥ずかしげもなく告げたあいつの声に、頬へじわじわと熱が溜まっていくのがわかり、更に赤面してしまう。
「朝からそんなに見せつけないでくれないか?」
 秋一の声がしてあいつを慌てて引き剥がしたものの、どことなく違和感を感じて振り返る。こんな、俗なことを言う奴だったか? とひとり首を傾げていると、怪訝な表情を浮かべた秋一に顔を覗きこまれた。
「どうした、緒方」
 真剣な瞳にどきりとしていると、あいつが割って入ってきた。
「ちょっと待って! 昨日からなんでふたりともそんなに親しげなのっ!」
「なんでって……。友達だしなあ……?」
 ありえない感情を打ち消すように軽く頭を振り、同意を求め秋一を見ると彼もまた頷く。床に膝をつくあいつは呻くように「昨日ふたりきりにするんじゃなかった」と言っているが、どちらにせよ同じだと思う。
「まあ、いいや。仲が良いのはいいことだしね。昨日はどうだった? 楽しかった?」
「楽しかったというか……。猥談だな」
 秋一の言葉に真司もあいつも固まる。その言葉の選び方は誰だって誤解する。いや、ここはあまり言葉を知らない秋一が「猥談」という言葉を知っていたことを褒めるべきだろうか、なんて考えているとあいつが真司に掴みかかってきた。
「真司、これ、浮気っ? 浮気だよねえっ? よりにもよって秋一とっ?」
 どの口がそれを言うんだと呆れつつ、再びあいつを引き剥がすもすぐにひっついてくる。そのとき、真司の腹の虫が鳴った。今まで感じなかった空腹感に襲われ、無言であいつを叩き落す。
「真司ぃ……。あんまりだよお……」
「ココ、こっちに来い。緒方の邪魔をするな」
 ちょうどいいことに秋一があいつを連れてリビングへ引き摺って行く。「真司―! 俺には真司だけだからー!」と叫ぶあいつにげんなりしつつ、嬉しい気持ちは認める。
「浮気……」
 一言呟き、胸が締め付けられた。らしくもないと笑い飛ばそうとしたとき、何かがぶつかった衝撃音がした。
 気のせいだと思おうとしたら、間を置かずにもう一度。
「おい、どうし――」
 秋一があいつに馬乗りになり、首を絞めていた。考えるよりも先に体が動く。秋一を蹴り飛ばし恭介を起こす。
 首を確認したが、幸いすぐに消える程度の痣だけだった。
「岸本秋一」
 秋一を睨み据えて、己の中の殺意を宥めながら真司は言葉を発する。秋一は無表情で、何を考えているかさっぱりわからない。
「こんな奴でも、恭介は俺の恋人だ。危害を加えるなら、俺がお前に害をなす」
「真司、待って」
 あいつが弱々しく真司のパジャマの裾を掴むがあっさり振り払う。あいつの顔が曇る。秋一はというと、初めて感情を露わにした。ひどく冷めた視線だった。
「真司、ごめん」
 あいつが部屋を飛び出していく。律義に、鍵を閉める音がした。ひどく穏やかだったはずの朝、何が起こったかさっぱりわからない。
「緒方」
 秋一が冷たい光を湛えたままの瞳で真司を見つめる。


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