図書室の主 | ナノ

Honest rights

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 人に捨てられることに対し人一倍敏感で恐れていた秋一。「友人」と言う人へ対し「知人」と言い放っていた秋一。そのくせ真司はあっさりと「友人」と呼ばれていた。真司も秋一へ親しみを感じていたから、お互い、相通じるものがあったのだと思う。
 今、秋一は彼の人間不信の壁を取り払った人間に捨てられたと思いこみ、傷が深いはずなのに、それでも人を信じ、共にあろうとするその姿は、かつてからは考えられなかったもの。瑞樹が、秋一へ残してくれたもの。
 秋一は、気づいているのだろうか。
「お前は、ココに愛されている」
 瑞樹が今も彼を想っているに違いないということを。切なそうに呟く秋一の頬を指先で擽った。
 人の心が信用できないことは真司でもわかる。年月は人を簡単に変えてしまう。
 それでも真司は思い浮かべることができないのだ。あんなに幸せそうに秋一と身を寄せ合っていた瑞樹が秋一と別れたあとの姿を。先日、会ったときには秋一と別れた気配なんて微塵も感じられなかった。
 秋一は、瑞樹とあいつの関係を知っているのだろうか。
 秋一に背を向け、膝を抱えた。
 知らなくていい事実だって、あるのだ。



『柚葉が、緒方に俺と恭介のことをしゃべった』
『知ってる。だから、今度の週末――』
 秋一の誕生日を、恭介と緒方が祝うと言う。瑞樹は部屋の時計を見ながらそろそろ来るはずの恭介を待っていた。
 親戚がこちらへ出てくるというので両親と梓紗は別の家に泊まり、柚葉と留守番。
 チャイムが鳴り、恭介を招き入れて風呂場へ押し込む。
 何も知らない哀れな柚葉はベッドに寝そべり読書に励んでいた。これからのことを考えると落ち着かない。
「上がった。ありがと」
 リビングで恭介とふたり、無言で穏やかでない時が過ぎていく。
「これでおしまいだ」
 瑞樹の投げ槍な言葉に恭介も神妙に頷く。
「瑞樹、今まで俺の我儘に付き合ってくれてありがとう」
「緒方には、知られたくなかった」
「うん。でも俺は、秋一に知られずに済んでよかったと思ってる」
「恭介のせいだ」
「……ごめん」
「俺の、せいだ」
 天使みたいな風貌の、困った幼馴染。自由に飛び回っていた羽は、緒方に恋した瞬間、羽根と化してしまったに違いない。
「……幸せになれよ。じゃあ、行くか」
 夜が明けたら、ただの幼馴染に戻る。こんな会話も、今日で最後。
 自室のドアを開け、瑞樹のベッドにふたりで腰かける。
 ふと顔を上げた柚葉がぎょっとしたように本を閉じ、恭介は自ら上半身を晒した。
「柚葉。俺を見ていて。俺が、どんな気持ちで瑞樹に抱かれたか。瑞樹が、どんな気持ちで俺を抱いたか。見ていて」
 身勝手な人間たちの、中途半端な覚悟。幕引きが始まる。


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