図書室の主 | ナノ

Honest rights

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「間接キス、二回もなんて認めないからね」
 秋一と目が合った。どちらからともなくにやりと笑い、そしてあいつの悲鳴が響く。
「ひどい。ひどいよ、ふたりとも」
「うるさい」
 ごちゃごちゃ言うあいつを黙らせ、目の前にはご満悦な秋一がいて、なんだか幸せな時間が過ぎていく。
 程なくして秋一が食べ終わった頃、あいつは帰った。あいつにとって、数ヶ月ぶりの帰宅。止められるはずもなく、「あとは若いふたりで」、なんてふざけたことを言われて押し黙って。
 交代で風呂に入り、秋一をベッドに、真司はリビングで布団に、と考えていたら秋一が真面目な顔で「今日はお話し合いだ」と言ったのでふたりでベッドに転がる。
「緒方、今日は本当に楽しかった」
「礼はあいつに言ってくれ。俺は何もしていない」
 天井を見つめ、すぐ傍の人の気配に安堵する。
「緒方は」
 躊躇いがちな声を聞きたくないと思いつつ、これが「話し合い」なのだろうと腹を括る。
「ココが女を抱いてもいいのか」
 幾度となく、自身へ問いかけたもの。答えはとっくに見つかっていて、不安げにこちらを見遣る友人のほうが余程つらそうな顔をしている。
「“性行為だけが愛情表現だと思いたくない”。あいつはそう言った。事実、俺たちには何もなかった。年月は偉大だな。いつの間にか、俺もそう思うようになってた」
「ん」
「あいつの言葉の裏を返せば、愛がなくても、性行為はできる。事実、あいつは仕事の都合だ。そして、何よりも俺が――キスして、抱き締め合って、一緒に時を過ごして、幸せだったんだ」
 自身へ言い聞かせるような真司へ、怪訝そうに秋一が眉間に皺を寄せる。真司は寝返りを打ち秋一へ背を向けた。
「俺は、あいつと体を繋げた。だけど、今だから思う。“樋山”ってあいつを呼んでいたときが一番、幸せだった」
「恭介」と呼ぶようになってから、約十年。愛情を与えられるたびに苦しくなっていく心。
 互いに依存し合っていた秋一へ言うのは贅沢で傲慢だとわかっていても、真司の正直な気持ちは変えられない。
「“ココロ”は、緒方が決めたんだよな」
「ああ」
「仕事中も俺は真司のものだから、真司に決めてほしい」と真剣な顔で言われて。
 辞めさせたい、あんな仕事。みっともなく縋りそうな自身に無表情の仮面を被せて、真司は彼の名前の中から自身の願いを取った。
『お前の心は、俺のものだ』
 あいつを信じ切れなくて、「恭」という字を為す「心」を取った。
「瑞樹は、緒方に惚れたそうだ」
「馬鹿な」
 ぼそりと呟く秋一へ反射的に否定する。ありえない。あいつに惚れたというほうがまだ納得できる。
「僕はそうやって捨てられた。だけど、僕は緒方の友人でいたいんだ」
 秋一の瞳は虚空を見つめており、真司のことなど忘れてほぼひとりごとのようだ。
「友人も、恋人も、結局……。なんのために“知り合い”を貫き通してきたと思ってるんだろうな、瑞樹は」


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