本編
図書室へ行かなくなると、樋山の心中を知らない友人たちは喜んだ。
「誤解を受けるようなことはしないほうがいいな」
「ああ、李下に冠を正さず、だっけ?」
「瓜田に靴を直さずとも言う!」
「どっちでもいいよ!」
一緒に弁当を食べるメンバーの笑いに合わせながらも樋山は暗澹としてくる気持ちを持て余していた。
今まで、昼休みって何をしていたんだっけ。
緒方に告白して、抱きしめて、本を読んで。
その前は何をしていたんだっけ。
こんな、くだらない会話、してたっけ。
こんな、うるさかったっけ。
図書室から遠ざかって2週間。あの静かな空間が恋しい――。
「バスケしようぜ!」
「おー! じゃあ俺、場所取り行ってくる!」
「まじで!? 恭介、サンキュー!」
誘われて、でも一緒に居たくなくて先に立ちあがった。俺は、ちゃんと笑えてる。緒方は、笑えてる?
体育館へ向かうには図書室の前を通らなくてはいけない。
扉を、まじまじと見つめてしまった。
傷ついた、とか、頭にきた、とか言う前に、終わった、と思った。
事実、あの日すべてが終わった。――恋心はまだ燻っているけれど。
渡り廊下から見える空は青い。
図書室の窓越しに見える空は、いつもくすんでいた。
未練を断ち切るように体育館へ駆ける。
遅刻してないかな、なんて思ってない。
どうやって本を借りてるのかな、なんて考えてなんかない。
場所取りするまでもなく空いている体育館で、ひとり、ボールを打ちつける。
ドリブル、シュートを繰り返し、みんなが来て、ボールの奪い合いをして。
転んだ。したたかに膝を打ちつけてしまい、痛い。
「ちょ、恭介っ!?」
「わり、保健室行ってくるわ」
「ついていかなくて大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
今はひとりにしてくれ、なんて言えないからちょうどよかったとはさすがに言えない。
来るときよりもむしろ軽快な足取りで保健室へ向かう。
湿布貼ってもらおう、と保健室の扉を開けると先客が一人いて固まってしまった。
頬杖を突いた彼はちらりとこちらを見ると、また窓の外へ視線を移した。
廊下ですれ違っても意識的に見ようとしなかった彼が、今、目の前にいる。
「あ、あの。先生、は?」
「職員室。留守番頼まれた」
「あ、そう……」
無視されるかと思ったが、返事はくれた。彼を盗み見てもまったく平静だった。
自身の体温だけが上がっていくのを自覚して混乱しつつも逃げなきゃ、とだけは思ってしまって保健室を飛び出した。
自分のことだけに必死だったから気づかなかった。
なんで彼が保健室にいたのか、ということに。
おわり。