図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 しかし、すぐにユズが目を逸らした。ココの穏やかさに毒気を抜かれたようだ。
 返事をしないまま、宙ぶらりんになってしまった秋一の気持ちを、ココが掬いあげてくれた。
「秋一。もし、瑞樹から約束が入ったらその時点でキャンセルしていいから、俺とふたりで過ごさない?」
 頬にユズの視線を感じる。そちらを見ることができなくて、秋一は手のひらを閉じたり開いたりと落ち着きをなくしていた。
「……それって、浮気じゃないのか?」
 何か言おうと思った末に口を突いた言葉は、あまりにもお粗末で秋一は自分の言葉に笑ってしまった。
 ココはというと剣呑に目を眇め、それに気づいた秋一は慌てて笑いを収める。
「あのねえ。俺たち、中高で四年もクラスメイトだったんだよ? 何年の付き合いだと思ってるの。そろそろ知り合いから友達に昇格してほしいなあ」
 呆れたような声、それに混ざる優しさ。自分は本当に友人に恵まれた、と秋一は幸せを噛みしめ、ココへ笑いかけた。ユズは聞かないふりをするためか皿洗いに戻っている。
「ありがとう。だが、ふたりきりは断る」
「固いなあ、秋一は」
「でも、緒方も一緒に祝ってくれるならぜひともお願いしたい」
 ココの驚きを示す一瞬の沈黙、「いいの?」という声が聞こえた気がしたから頷いた。
「お前は緒方の恋人かもしれないが、僕だって緒方の友人だからな」
「もう、どっちにも嫉妬しちゃうよ」
 からかうように言うココに皿を押しつけて、ユズを引っ張った。弾かれたように顔をあげたユズと秋一の視線が絡んだ。



「ユズ、ごめんなさい。僕は、瑞樹が好きなんだ」
「……知ってるよ。俺は待ってるからね、センパイ」
 秋一がきっぱりと柚葉に告げるのを恭介は見ていた。「待ってる」、恋人にその言葉を言わせている立場である恭介はつらくて思わず顔を背けた。
 幼い頃から知っている柚葉の、恭介の認識は「幼馴染の弟」。しかし、実際には柚葉自身を幼馴染と言っても差し支えはない。
 柚葉の横顔を盗み見て、こっそり溜め息を吐く。最近、柚葉はますます瑞樹に似てきた。秋一のストレスにもなってるだろうが、それは所詮他人事。
 近頃、恭介は柚葉を見る度に体が疼くようになっていた。どこが、なんて野暮なことを訊いてはいけない。
 手段と目的が入れ替わりそうで怖かった。
 真司を裏切り、秋一を裏切り、しかし罪悪感は軽かった。真司は痛みを知るためという目的があり、秋一は瑞樹が溺愛しているのがわかったからだ。いくら体を繋げても、あの幼馴染の心は常に秋一にある。
 彼を愛し抜くことができない自分と、彼に信じ切ってもらえない自分に苛立ち、恭介は己を嘲笑う。
「最後に、キスしても?」
「……断る」
 柚葉の言葉に我に返った。秋一はきっぱりと拒否を示し、柚葉も苦く笑っただけ。
「あーあ、恭介が止めなかったらセンパイ、頷いてくれたかもしれないのに」

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