図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 へえ、と馬鹿にしたように笑った弟が瑞樹の顔を覗きこむ。反射的に押し返そうとしたら手首を掴まれ身動きが取れない。
 久しぶりに向き合った柚葉は鏡の中の瑞樹にそっくりで、秋一の言葉を借りるならば“それなりにまともな顔に胡散臭い笑みを浮かべた撫で肩で華奢で一見女に見えるが胡散臭い一応の優男”。二度も同じ語句を使わなくてもいいのに。まあ、理系人間の彼に文学的表現を求める方が間違っているのかもしれない。
 あのときのことを思い出しさらにどんよりと落ち込んでいると、柚葉に頬を摘まれた。
「兄貴はさ、恭介といたほうがかっこよかったよ」
 いきなり何を言い出すのかと怪訝な顔をしてみせれば、痛がっていると勘違いしたらしく手を離してくれた。
「だからさ、秋一センパイは、俺に頂戴?」
 かなりかっこよく聞こえた台詞も、自分そっくりの顔から出てくると冷めてしまう。「生意気を言うな」と一笑すると柚葉が器用に片眉をあげた。
「そうかな? 俺、センパイとキスしたよ?」
「俺に似てるからだろ」
 柚葉が唖然とする様がおかしくて、瑞樹は声をあげて笑った。睨みつけられても痛くも痒くもない。
「自惚れすぎ」
「そう? でも、俺は確かに、秋一を愛してたよ。今も愛してるけど。だから、秋一だって俺のことを愛してくれてる」
「最悪。恭介だって抱いたくせに。欲張らないでよ。わがまま」
「なんでそれを」
 今度は瑞樹が唖然とする番だった。証拠はないはず。ばれることも、ない、はず。しかしこの弟は二番目の特性というものか、昔から妙に勘が鋭かった。そんな瑞樹の様子を見て柚葉までうろたえ始める。
「え、嘘。ちょ、鎌かけただけなのに。まじで? な、兄貴。本当に? 俺、緒方先輩に言っちゃったよ」
「その時点で憶測だったことを、緒方にしゃべったの?」
「だって、まさか本当とは思わないし。わあ、兄貴最低。やっぱりセンパイは俺がもらうよ」
 柚葉が何かごちゃごちゃ言っているが瑞樹の耳には入ってこない。大変なことになった、とどこか冷静な頭で瑞樹は考える。そういえば、緒方は柚葉に会ったと言っていた。
 もしかして、浮気しようとしていたのもそのせいか。湧き上がる怒りと共に弟を睨みつけると、負けじと睨み返してきた。
「柚葉……。お前、ふざけるなよ」
「はァ? ふざけてるのは兄貴だろ! 自己満足で秋一センパイ振って、緒方先輩が好きだ、なんてあの人巻きこんで! 緒方先輩大好きな恭介抱いて、滅茶苦茶にして! いい加減にしろよ! 兄貴がいなければ、うまくいってたんだよみんな!」
「うるさい!」
 柚葉の言葉が突き刺さる。追い出そうとして揉み合いになる。柚葉を引き摺りながらやっとのことで辿りついた扉を開き、瑞樹は蒼褪めた。瑞樹の目線を追い、同じく姿を認めた柚葉も押し黙る。
「……梓紗」
「あー。エコバック褒めてもらおうと思ったんだけど」
「中に入りづらくて。ごめんね」と続ける梓紗。普段笑みを絶やさず、兄ふたりに対しても「兄がふたりともホモだなんてどうすればいいのかしら」とふざけてじゃれてくる妹が、困った顔をして佇んでいた。


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