図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 あいつが、怖い。言葉を失っていると、あいつは真司の顎を掬った。
「いちいち泣かれると、腹が立つ。それに、真司も知ってるじゃん。俺、瑞樹とか亮介に抱かれてるし」
「この前のこと、怒ってるのか……?」
「うん」
「負担に思うようなことはないって言ったじゃないか」
「そうだよ。これは俺の個人的なわがまま。一緒に暮らしてから決めようと思って」
 至近距離の瞳に真司が映る。ふいに、あいつがにっこり笑った。
「冗談だよ。からかってごめんね。動揺する真司が見たくて」
「な……っ!」
 ぎゅっと力を込めてあいつが真司を包み込む。怒りと安心とで吐き気がしてきた。気配を察したのか、あいつが真司の背中を擦ってくれた。
「趣味が、悪い」
「ん」
「最悪だ」
「ごめんね」
 手放したくないと願う体温があまりにも温かくて切ない。あいつの名を呼んだら、小さく笑って口づけてくれた。
「ねえ、真司。俺が、瑞樹たちに抱かれたのは本当。――別れたい?」
 躊躇いながらも、覚悟したような声で、無性に腹が立ってきた。
「わかりきってることを、訊くな」
「……真司。俺だって不安なの」
「俺は、恭介を信じてる。理由があるって、信じてる」
 まだ何か言おうとする唇を塞いだ。もう何も聞きたくない。
「俺は、お前を愛してるんだ」
 穏やかに真司の髪を梳る手を掴んで言ったら、あいつは諦めたように笑った。



 秋一に刻み込んだはずの思い出は、瑞樹自身の首を絞めていた。もうすぐ秋一の誕生日。親友だから祝うのは当然だと嘯きながら、只管仮面を被って祝った昨年。今年も、うまく祝えるだろうか。
「あーにき。入るよ」
 同じ部屋なのだからいちいちノックせずとも入っていいのに、柚葉は律義に確認をしてから入室する。
「これ、梓紗から」
「ん……」
 歳の離れた妹からだというそれはどう見てもエコバック。思い出が軋む。柚葉は淡々と続けた。
「家庭科で作ったんだと。“お母さんにあげるよりも、瑞樹の方が使ってくれそう”だってさ。いいな、俺も梓紗から何か欲しい……って兄貴?」
 思わず零れた涙を隠そうとしたが、こうも距離が近くてはばれてしまう。
 ふたりでエコバックを持ってよく買い物をしに行った。偏食の激しい秋一になんでも食べさせるよう工夫した。
 今じゃ互いの手料理なんて食べないけれど。
「面倒だなー、もう……」
「うるさい。疲れてるの」


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