図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 僅かばかり乱れた息を悟られたくなくて俯き、皿を手に取る。瑞樹と緒方が、最後まで事を致してしまったらどうしようという不安と、どうにでもなれという自棄とで思考がまとまらない。
「ココは」
「ん?」
「ココは、幸せになってほしい」
「緒方先輩じゃなくて? 友達なんでしょ?」
「ココが幸せになったときは、緒方も幸せになってるから問題ない」
「なるほど」
 代わってやった分のシフトはあと二時間以上残っている。明日は小テストが控えてるのに、と思いながら秋一は律義に皿を洗っていった。



 風呂に入り、恭介が来客用の布団の中でまどろんでいたら真司が入ってきた。
 慣れない遊びと夜更かしで興奮していたのか、彼はすぐに寝入ってしまい、反対に恭介はいつもの習慣で眠れない。
『ちょっとまずいぞ@旦那の家』
 誰にケータイの中身を覗かれるかわからない恭介のために、暗号のような文を寄越してきた瑞樹に感謝のメールを送ったらますます目が冴えてきた。
 秋一にも、謝罪のメールを送る。秋一が真司のことを言ってきたときは、瑞樹が保護したのだろうと直感したからそんなに不安は感じなかった。たとえ真司が瑞樹と本気で浮気したとしても、瑞樹は真司のために黙っていてくれるはずだ。そもそも恭介自身に彼の浮気を止める資格なんてないことは重々承知しているから指を咥えていることしかできないけれど。
 高校の卒業式の日、真司からプロポーズされたとき、恭介は彼を諦めた。
 彼の家族と同じくらい、彼のことを愛してるけれど、誰から見てもわかる幸せはあげられない。
 結婚という形で彼を幸せにすることはできない。子を抱かせてあげることも叶わない。しかし、彼と共にいたいという望みは消し去れない。
 あなたに、素敵な女性が現れるまで。いや、あなたが俺に飽きるまで。長い人生のほんの一瞬だけ。
 ――幸せな時間を、俺にください。
 別れるときは彼から振ってもらおうと思ったから、ホストのバイトをした。一緒にいる時間が短い方がお互い傷も浅いと思ったから、女性を、抱いた。それを知ったら別れるだろうと思ったのに、彼はぎゅっと唇を引き結ぶだけで何も言わない。すべて、言い訳、嘘ばかりの真実。
 卒業後に性的な話題を交わしたのは一度だけだ。
『なんで、俺を抱かないんだ』
 初めて彼の家に泊まった日、恭介は彼に触れなかった。浅ましい思考は、見透かされなかったと思いたい。どちらにせよ、恭介の独りよがりだ。
 女性と体を重ねる度に、彼を抱きたいという欲求が強まる。しかし、抱いたら彼の負担が大きい。痛いとわかっていることを、敢えてしたいとは思わない。加えて、こちらが本当の理由であるが、抱いたら手放せなくなることはわかっていた。なのに爛れた欲求は日に日に膨らんでいく。
 修学旅行で一瞬だけ見た男らしい体や烏龍茶を一気飲みしたときに動く喉を思い出して自身を慰めると熱は収まるどころか増していくばかり。
『恭介、君、緒方を手放すって決めてるんでしょう』
 秋一と付き合いだしたばかりの瑞樹に見抜かれたときは、さすがに苦笑してしまった。そして、幼馴染に抱かれた。痛みを知って、彼を抱きたいなんて思わないように。


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