図書室の主 | ナノ

Platonic days

しおり一覧

 知らなくていいならば、知りたくない。



 どれほど時が経とうとも忘れられないと思った心の疼きは、一ヶ月もしないうちにあっさりと消えた。
「まあ、秋一が変な気分になっちゃったのも、元はと言えば俺と恭介のせいかもしれないし。責任は取るよ。俺たちはこれからも親友だから」
 愛とか恋とか甘ったるい名のつく関係に終わりを告げた日、瑞樹は酷薄に笑って秋一を更に傷つけた。
 これからも月に一回会おうという誘いに頷いてしまったのは、もう瑞樹のことなどなんとも思っていないということを示したかっただけだと今なら秋一もわかる。
 想い人としては最悪だった男も、ただの知人――瑞樹の言葉を借りるなら親友――と割り切ればなかなかいい付き合いができた。
 お互い表面上は忘れたふりをしている回数も、じつはきっちり憶えている。
 今日は瑞樹と会う日。秋一の中では、逢瀬と呼ばれている日。
 いつも秋一の希望でパフェばかり食べているので、駅前で待ち合わせをして、まともな食事をしてから飲みにいくことになった。男でも相手が見つかるという瑞樹が見つけてきたその店は雰囲気がよく、秋一も気に入っている。いつか隣のメイド喫茶に挑戦したいと思いながらも、なかなか踏み切れずにいる。
「瑞樹」
 視界の隅に数少ない友人、緒方真司が映り込んだような気がして瑞樹の襟を引っ張ると「普通に呼びとめてね」と言われたがそんなことを気にする秋一ではない。
「あれは、僕の見間違いか?」
「……いや」
 立ち止まって、ふたりして同じ人物を凝視する様は傍から見ると異様だったに違いない。ふたりを避けていく人の流れに見向きもせず険しい顔をしている瑞樹を見て、秋一は自分の見たものが正しかったことを確信し、同時に後悔した。緒方にだってプライベートがある。気づかないふりをしてやればよかった。
「秋一、ごめん。帰って」
「え……」
「お願い」
 緒方が秋一の見知った店に辿りつくまであと十メートルというとき、瑞樹が秋一の肩を掴み迫ってきた。
「お願い、秋一」
「瑞樹はどうするんだ」
「メイド喫茶なら放っておく。あの店だったら、後から入る」
「僕も行く」
「だめ」
 頬を歪めた瑞樹に嫌な予感がした。秋一が身構えると、瑞樹は最悪の笑顔を向けてきた。
「俺が他の男くどいてるところ、秋一には見られたくないから」
「……どういう、冗談だ」
「そのままだよ。忘れちゃったの? 俺、本当は緒方に惚れてたんだよ。秋一が似てたから、付き合っただけ。じゃあね、秋一。来月、会おう」
 再び、傷を抉られる音がする。緒方があの店に吸い込まれたのを、秋一は絶望的な目で捉えた。


*前次#
backMainTop
しおりを挟む
[10/20]

- ナノ -