図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 吸い寄せられるように、その腕の中へ飛び込んだ。
 無理だ。手放せない。待つことしかできなくても、捨てられても、俺にはこいつしかいない。
 あと、どれだけ、この腕は真司のものなのだろう。
 あと、どれだけ、一緒にいることが叶うのだろう。
「どうやったら、さ」
 耳元に届いたのは真司の愛する人の声で、たまらなくなって首を掻き抱いたら、その瞳の中には真司がいた。
「どうやったら、真司のことが大好きか、どんなに愛してるか伝わるか、ずっと考えてたよ」
 それは、今までのどんな言葉よりも真司の心に響いた。
 もう、これだけ愛されたのなら。小刻みに震えてくる体を宥めて、深く息を吐いた。十分とは言えない。全然足りない。でも、求めたらきりがないことも真司は自覚していた。
「捨ててくれ」
「え……」
「恭介にとって、俺がそんなに重いなら、捨ててくれ」
 自分から手放せないのなら、こいつに頼むしかない。先程まで無表情を貫いていたことが嘘のように、おもしろいほどあいつがうろたえる。
「真司……。試験が近くて、苛々してるのもあると思う。でも、俺は、週に一回でも真司と一緒に過ごしたい」
「俺は。俺は、俺だって、お前と一緒に居たい。全然、足りないんだ。わがままだろ。重いだろ。だから捨てて、っ」
「真司」
 あいつの方が泣きそうな顔をしていて、こんな顔を見るのも久しぶりだと思う。
「俺は、真司のこと大好きだよ。真司、俺のこと、好き?」
「好き……」
「じゃあ、別れる理由にはならないよね」
 安堵で全身から力が抜けてしまった。時計を見ると午前二時。あいつにとって大切な時間に、拘束してしまった。いつまであいつに甘えるつもりなのか、己の浅ましさに身が竦む。
「俺さあ、真司の試験が終わるまでこっちにいてもいい?」
 真司の頬を触りながら、あいつが言う。都合の良い幻聴かと思ってまじまじとあいつを見ると何を勘違いしたのか言い訳がましく言葉が吐きだされる。
「もちろん、食事は全部俺が作るし、家事洗濯も引き受ける。真司が完全に眠っちゃう前に帰ってくることも約束する。真司が眠っちゃった後に帰ってくる場合もあるかもしれないけど、そのときは起こさないように細心の注意を払うし」
「恭介。嬉しい。今回はその言葉に甘えさせてもらう」
 目を見てはっきり言うと、あいつが真っ赤になってしまった。そのまま口づけてこようとしたので、寸前に指を挟む。
「なんで、止めるの?」
「間接とはいえ、お前に岸本瑞樹とキスしてほしくない」
「……待ってるから、うがいしてきて」
 渋面になったあいつに小さく謝って、洗面台に行く。鏡の中の真司は情けない顔をしていて、よくもあんなことをしておいてあいつの傍にいられるものだと思う。
「じゃあ、心置きなく」
 嬉々とした声と共に啄ばむようなキスが降ってくる。今日はふたりとも布団で寝ることになりそうだ。
 あいつが真司の問いかけをはぐらかしたことには、目を瞑ろう。


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