図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 あいつが背中に覆いかぶさり、抱き締められて呼吸が苦しくなる。
 目を閉じると、ぴん、と額を弾かれた。真司が恨めしげに睨みつけても瑞樹は肩を竦め飄々と笑う。
「緒方、わかってるでしょう。そこまで。――恭介、鍵貸して」
 瑞樹が真司の下から抜けだし、あいつから鍵を受け取る。背後にあいつの熱を感じたまま、何かを言おうと思ったけれど何も言えなかった。
「郵便受けに入れとくから。じゃあね、ふたりとも。夜更かししないように」
 時計は今日と明日の境界を示し、いったい何の冗談だと笑おうにも笑えない。
 鍵の閉まる音と、郵便受けに鍵の落とされる音。
 抱きかかえられたまま、ソファに座る。肩口に頬を擦り寄せ、あいつは何も言わない。一ヶ月後には司法試験が待っているというのに、自分ときたら何をしているんだろう。
「俺、もうお前を待てない」
 真司の身勝手な言葉にも身じろぎひとつしないあいつ。
「俺は、お前が好きだった」
 この想いを、いつか過去のものにしなくてはならないと思いながらも、あいつに甘えてずるずると続けてきた関係。もう、おしまい。あいつもほっとしているに違いない。
「お前は適当に女、見つけろ。選び放題だろ。俺も誰か見つける」
 ひどいことを言っている自覚はある。しかし、今は微動だにしないこいつを傷つけたくて仕方がない。真司の棘を孕んだ言葉にも反応がなく、空回りしている悔しさもどんどん身の内に貯め込まれていく。
「女じゃなくてもいい。お前には幼馴染が……、岸本瑞樹とか清水亮介とか岩本寛樹とか……。いる、だろ……」
 自分にはこいつ以外、誰もいないのに。言葉にすればするほどみじめになるとわかっていても、真司は止められなかった。
「何か言えよ……!」
 ぽんぽん、と頭を撫でられる。その手を掴み、振り返った。目が合ったあいつに表情はなく、それでも言わずにはいられない。力を込められた箇所は、きっと痛いだろう。一応、好きでいた相手からこんなこと言われて、優しいこいつは傷ついただろう。もっと、傷つけばいい。濁った感情に愉しさが込み上げてきて口元が歪んだ。
「お前だってうんざりだろ! 俺だってうんざりだ! お前が岸本瑞樹たちに抱かれてることも聞いた! 俺は、ずっと待ってたのに! 何か言えよ! 俺が……っ、俺が馬鹿みたいじゃないか!」
 黙っておくつもりだった言葉まで口を突く。後悔するが、遅い。あいつの指が真司の目尻に溜まったものを拭い、気持ちが落ち着かなくて切ない。
 ソファに直に座らされ、あいつの体温が離れていく。
「あ……」
 どうすることもできずに、ただ目であいつの動きを追った。ふたつのコップに烏龍茶を注ぎ、ティッシュペーパーの箱をトレイに載せて、あいつが真司の隣に戻ってくる。コップを渡されて喉を潤すと、悲しいわけではなく、むしろどこかふっきれたというのに涙がぼろぼろと零れてきた。
「俺は、お前が好きなのに……!」
 幼子のように繰り返して、溢れた涙はあいつが拭き取ってくれて、肩にはあいつの腕が回ってて至近距離にあいつの真剣な顔があってもうなにがなんだかわからない。
 なんで、何も言ってくれないんだ。もしかして、本当に愛想を尽かされた? あいつは優しいから、ここに居てくれているだけなのか?
 思考は滅茶苦茶で、涙も止まった頃、あいつが両腕を広げた。
「真司」


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