図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 腰に回る腕と、肩甲骨に乗せられた頬、密着するだけで感情が溶けだしそうになる。
「俺は、お前が好きなんだ」
 顔を見ずに告げた言葉にあいつが微かに笑う。
 あいつの一番は、幼馴染たち。瑞樹か真司かどちらかひとりしか救えない状況になったとき、あいつは迷わず瑞樹を選ぶ。過去の経験からそれはわかっている。それでもこいつを愛してる。
「恭介」
「ん?」
「いつまでも俺の中の一番がお前だと思うな」
 今、考えつく精一杯の仕返しだ。目を閉じてあいつの体温に神経を集中させる。
「俺は真司が大好きだよ」
 あいつを待つと決めたのは真司だ。



 週明けの月曜日、真司は意を決してホストクラブの前にいた。
 大学時代のバイトからそのまま就職したあいつの店に行くのはこれが初めてで、真司自身が思った以上に柚葉の言葉に動揺していたらしい。今まで行こうとすら思わなかったのにと他人事のように思いつつ小綺麗な扉をまじまじと眺める。
 どんな服を着ていけばいいかわからなかったので、できるだけ威圧的に見えるスーツ。所持金は緊急時のために貯めておいた二十万円。真面目につけている家計簿には使途不明金と記載した。
 溺愛してくれている兄が見たら発狂しそうだ、と思ったら自然と笑みが浮かび、まだ笑える余裕のある自分に驚いた。
 いざ、扉を開けようとして手が止まった。入って、どうする。あいつを詰るのか。
「なにやってるんだ、俺は……」
 自嘲気味に呟き、あいつの店に背を向けた。今夜はどこかで飲んで、そして帰ったらぐっすり眠ろう。
 慣れない道を彷徨い、真司が辿りついたのはいかにもな感じのバー。隣のメイド喫茶に入るのとどちらがまずいか考えて、あいつの顔が浮かんだ。
 真司が浮気したと知ったら、どんな反応をするだろうか。たぶん、諦めたような顔をして何も言わない。
 躊躇は一瞬。扉を開けると言いようのない歓びに胸が満たされた。月曜日ということもあってか、人は疎ら。あからさまな視線を向けてくる人もいない。
「ここがどんな店かご存知ですか」
 カウンターに座ると店員がぎょっとしたように真司を見遣り、囁いてきた。
「出会いの場、ですよね」
「……ご注文は」
「軽めのを」
「少々お待ちください」
 迷い込んだわけではないらしいとわかると、店員はにっこりと笑って奥へ姿を消した。さて、手元の大金をどうしようか。そもそも浮気できるだろうか。程なくして頼んだものが来て、飲みながら迷っていると、聞き覚えのある声がした。
「俺にも同じものをお願いします」
 真司より後に入店し、隣に座った男。
「なんでここにいるか訊いていいかな、緒方」
 中高時代のクラスメイト、岸本瑞樹が鋭くこちらを睨んでいた。


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