図書室の主 | ナノ

Platonic days

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「それに、お前に言われる筋合いはないんだよ。岸本柚葉」
 目の前の男が目を見開く。あいつの幼馴染、岸本柚葉。その兄で、同じくあいつの幼馴染であり、真司のクラスメイトでもあった岸本瑞樹の弟。
「ばれるとは思わなかったなあ……。俺ら、未だに間違われるのに」
「“はじめまして”、岸本柚葉。岸本瑞樹は高校卒業以来会ってないが元気か?」
「たぶんね」
 柚葉本人の姿は中高のとき遠くから何度か見ただけだが、さすがに元クラスメイトを見間違えたりはしない。
「でも、恭介を解放してやってくれってのは本音」
「筋違いだ」
「そう? 兄貴たちに抱かれてんのに? 本命のはずの緒方先輩を抱かずに女を抱いてんのに?」
 そんなこともあるかもしれないと、何度か想像していたお陰でショックは少ない。驚いたそぶりを見せない真司に、柚葉が苛立ったように机を指で弾いた。
「なあ、あんたおかしいよ。本当に恭介のこと好きなの?」
「……岸本柚葉は俺に何を言わせたいんだ」
「別に」
 静かな時の流れるこの店の雰囲気が好きなのに、こんな会話をしたら興醒めだ。伝票片手に立ち上がり柚葉を見下ろした。きっと冷めた笑みを浮かべていると思う。
「俺は、あいつに愛されている自信がある。女を抱くのは仕事の都合。岸本瑞樹たちに抱かれているとしたら、きっと理由がある」
 呆然としている柚葉の分も払って店を出る。太陽が眩しい。何も考えずに家に帰って、ケータイの電源を切った。怒ってるわけでもなく、哀しいわけでもなく、心はありえないほど落ち着いている。
 理由は、ある。聞いたわけではないけれど、もしあれが本当だとしたら絶対に理由がある。
 いつの間にかソファで眠っていたらしい。
 揺り起こされて、目の前にあいつがいた。
「あれ? お前、見合いは?」
 いつもの調子で訊けたと思う。そう、ショックなんか受けていない。
「早めに終わったからこっちに来ようと思って。家にいなかったら困るから電話したのに電源切れてるから焦ったよ」
 よかった、と小さく呟くあいつの腕の中で再びまどろんでしまう。訊くのは簡単だ。でも、こいつが話さないのにも理由があるはず。そして、あの話が嘘だとしたらこいつを傷つけてしまう。
 俺は、好きなのに。
「俺は、お前が好きなんだ」
「俺も真司のこと大好きだよ。愛してるんだよ」
 これは決して、逃げてるのではない。今日は、何もなかった。真司は何も聞いていない。
「食事当番、サボれると思ったんだけどな」
「あー、ごめん。外に食べに行こうか」
「冗談だ」
 キッチンに立ち、あいつに背を向ける。
 今、あいつがここに居てくれる。それが幸せなのにこれ以上、何を望む。
 誰かと共有していたとしても、この瞬間のあいつは、真司だけのものだ。そして、いつだって真司はあいつのものだ。
 泣いてなんかない。悔しくなんかない。
「……真司」


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