図書室の主 | ナノ

Platonic days

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「ちょっと座って待っててね」
 緑茶と共に分厚い紙を持ってあいつがソファに座る。
「俺、今度お見合いをすることになりました。この写真が証拠。もちろん、お断りする。だけど、来週末は来れません。再来週の食事当番は、俺ね」
「……わかった。話してくれてありがとう」
 思ったよりショックが少ないことが自分でも意外だった。きっと、あいつの方が苦しそうな顔をしているからだと思う。
「なあ、恭介」
「ん?」
 俺の賞味期限、切れてるぞたぶん。言おうとして口が強張って、やっぱりやめた。
「好きだ」
「……不安にさせて、ごめんね」
「好きなんだよ、恭介」
「俺も。愛してるよ、真司」
 天使をひとり占めしてしまっては罰が当たる。
 中高をカトリック系の男子校で過ごしたこともあり、割と身近な存在であった神に背くようなことはあまりしたくない。
 あいつを愛してしまった時点できっと、すべての祝福を捨ててしまったから、あいつは俺自身が幸せにすると決めたじゃないか。
「今日は、ベッドで寝ていい?」
「……お互い生殺しだな」
「ごめんって」
 先に寝転がったあいつが両腕を広げる。その中に静かに横たわって、うとうとしていたらぎゅっと力を込めて抱き締められる。
「俺は、真司が好きだから」
 知ってる。返事は口の中で溶けて消えた。



 いくら向こうから告白してきたとはいえ、時が過ぎれば人の心なんてどうとでも変わる。仕事上とはいえ女を知っているあいつが、十年以上も同じ人を――しかも同性である真司を想い続けているはずがない、とずっと自身に言い聞かせて生きてきた。どこかで、真司も諦めていた。
 だから、何があっても大抵のことでは驚いたりなどしない。
 あいつを好きでいることをやめることができないのだから仕方がない。
「ねえ、そろそろ恭介を解放してやってくれない?」
 今週、あいつはお見合いがあるから来ない。
 休日の街をひとりで歩くのは久しぶりだった。そんなときにあいつの幼馴染である岸本にばったり会った。
「緒方、久しぶり。お茶でも一緒に」と連れていかれたのはあいつとよく来る喫茶店。小さな個人のお店だが、怒鳴らない限りは隣の会話が聞こえない心地よい空間。
 脳は冷静に男の言葉を受け止め、口元には愉しげな笑みさえ浮かんでしまう。
「それは、どういう意味だ」
「そのまんまだよ。恭介は緒方を抱かないんだろう? ホストまでやってんのに」
「……下品だし、大きなお世話だ」
 運ばれてきた紅茶を一口。男はコーヒーに手をつけなかった。


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