図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 告白してきたのはあいつだが、卒業式の日、プロポーズしたのは真司だ。もしかして、こちらの道に引きこんだことへの責任を取るつもりでずっと一緒にいてくれるのかもしれない。
「恭介。お前、俺のこと好きだよな」
「当然。愛してるよ」
 食欲が失せてしまったのはあいつも同じらしい。約二口分残っている白米に心の中で謝って箸を置いた。
 触れるだけの軽いキスから徐々に深くなっていく。上手いか下手か、なんて知らない。きっと上手いのだと思う。そういう商売をしているのだから。でも、真司には関係ない。こいつが最初で、そしてきっと最後の人。
「……俺、先に入ってきていい?」
「ああ」
 あいつは未だに、キス以上を求めない。
 あいつが風呂場にいる間、トイレに籠ってひとりで解放して、虚しさを埋めるようにリビングで寝たふりをして。
 こんな据え膳、放っておきやがって。賞味期限、とっくに切れてるぞ。消費期限なんて怖くて考えたくもない。
 そんな想像をしている間だけ、口元に笑みが浮かぶ。
 パジャマに着替えたあいつが戻ってきたので真司も風呂に入った。鎮静効果のある入浴剤も今日はちょっと多めに。あいつは入浴剤を嫌う。だからあいつが先に入り、あとでゆっくり真司が入る。
 風呂の中で顎まで浸かって目を閉じると、最悪の想像が浮かんできて泣きたくなった。
 あいつのない未来は真司にとって存在しないのに、あいつは真司がいない世界でも生きていくらしい。
 週末を共に過ごすようになって随分経つというのに、この家にあいつの痕跡はなにひとつない。歯ブラシもシャンプーも全部いちいち携帯用。
 束縛されているのはあいつか真司か。仕事柄、女を知ったあいつは、こんな我慢を知らないに違いない。
 一度だけ、女の痕跡を残したあいつの腕に抱きこまれた。妙な話かもしれないが、それ以来、あいつのことが本当に手放せなくなった。
 何度も別れを覚悟し、真司を諦めようとするあいつに縋る自分が嫌だけど止められない。
 真司がリビングに戻ったとき、あいつは眠り込んでいた。いつものことだ。
「俺だって、恭介のことが好きだ」
 濡れて少しおとなしめになっている髪を掬いあげ、耳元で囁く。
 真司は読書中、話しかけられても集中しすぎて気づくことがない。こいつが時々寂しそうに零すが、こんなに至近距離で囁いても起きないこいつだってすごいと思う。そして、相手にしてもらえない寂しさはお互い様だと思う。
 電話台の横にあるメモに気づいた。
『お風呂あがったら、起こしてください』
 ぐっすり眠り込んでいるこいつを起こすのが忍びない。かといって、放っておいたら明日、少し機嫌が悪くなるだろう。貴重な時間を無駄にしたくはない。
「おい、起きろ、恭介」
 揺さぶり、耳を引っ張って、しばらくしてから起きるあいつをぼんやり眺めた。
「あー、今何時?」
「午後九時半」
「よかった。まだ今日だ」
 あいつが軽く頭を振ると、はたはたと水滴が散る。

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