図書室の主 | ナノ

Platonic days

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 時刻は午後八時過ぎ、社会人になってからというものまともなご飯を食べるのは土日だけ。
 あいつと出会わなかった十二年と同じだけの年月を重ねた。
 普通の男なら、すでに何人かの女性と付き合い、別れを繰り返しているだろうに自分たちときたらお互いしか見ていない。
 真司の自惚れ承知で言うならば、あいつは男が好きなのではなく、真司のことが好きなのだということはわかっている。
 真司が男色だと言われないように、将来の枷にならないように、女相手の商売を選んだあいつ。苦々しく思わないと言ったら嘘になるものの、不安は全くない。あいつの中では、真司が一番でない代わりに他は眼中にない。真司自身もあいつ以外に興味はなかった。
 夜の街で、女を侍らせたあいつと目が合ってもお互い、知らないふりをしてすれ違い。
 昼の街で、同僚といるときにばったり会ってもただの親友として軽く挨拶をして別れて。
 週末は静かに寄り添って時を重ねていく。
 信じているから詮索をしない、というのは違う。何事も絶対はない。信じてもそうでなくても、真司にはあいつしかいないから放っているだけだ。
 時々、首を傾げてしまう。恋とはこんなものなのか。もっと目移りするものではないのか。それが若さではないのか。
 目の前で白米を咀嚼するあいつをじっくりと眺める。
 そもそも俺はこいつのどこに惚れたんだ。
 正義感、真司が一番でないところ、人との関係を大切にするところ。今、好きなところだ。全部、真司が持っていないもの。
「真司、食事中まで険しい顔しないで」
「……ああ」
 毎週、交代で作る食事。悔しいことに、一人暮らしをしたことのないあいつの方が上手い。「愛する旦那さまにまずいものを食べさせる気はないからね」とにっこり笑って言われた日は、幸せすぎて眩暈がした。
 もしかして、胃袋を掴まれただけか。いや、じゃあなんで中学のときから、そういえば同性相手ってもっと葛藤するものじゃないのか。あっさり受け入れた自分ってどうなんだ。
 いろいろ考えていたら、ぐい、と頬を抓られた。
「いったいどうしたの。話せることなら聞きたいな」
 優しく訊いてくれるこいつには悪いが、生憎そんな深刻なものではない。とはいえ、「なんでもない」がどれほど相手の不安を煽るものかは真司も知っている。
「お前のどこに惚れたか考えてた」
「へえ……。で、わかったの?」
 ぴくりとあいつの片眉があがる。笑いたいのを堪えている様子が伝わってきて腹立たしい。さっさと言って、話題を変えてしまおう。
「胃袋を掴まれたんだ」
 口にすると気恥ずかしくなって烏龍茶をがぶ飲み。あいつは満面の笑みを浮かべていた。
「ありがとう、真司」
 嬉しいはずなのに、途端に心が冷えた。だから、なんでお前はそこで。言いたくても言えない言葉を嚥下しやり場のない苛立ちには目を瞑る。
「俺が、惚れたんだからな」
「うん。俺が先だったけどね」
 ぶっきらぼうに放った言葉も受け止めてくれるあいつに溺れてしまいたい。二十五歳、あと十年もしないうちに出てくるであろう『結婚』の二文字。
 兄のいる真司は、なんとかなるかもしれない。でも、あいつはひとりっ子。


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