図書室の主 | ナノ

図書委員の日常

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 最終下校時刻を告げる予鈴が鳴る。
 本に印を押し交差点まで一緒に帰って、次に会えるのは翌日の昼。なんて時間の無駄なんだろう。
「ねえ、緒方」
 彼から本を取り上げ、今日こそさりげなく言うんだ。少し怖くて、彼に背を向けた。さあ、言わなきゃ。
「メアド、教えてよ」
 ああ、言えた。
 ドキドキしながら返事を待っていると、手の甲を取られた。初めて彼から触れられたことで頭に血が昇ってしまう。ボールペンの辿る先がくすぐったい。
「俺にも」
 差しだされた手に書きこむとき少し震えてしまった。
 貸出手続きは昼に終わっているから、あとは靴を履き替えて一緒に帰るだけ。
 いつもなら寂しい別れの時も、メールできると思うだけで笑顔で手を振ることができた。反対側へのバスから手を振る彼が見えなくなって、そっと彼の触れた場所を撫でてみる。
 この手を洗いたくないと思ってしまう自分に苦笑するが、恋する者なんてこんなものだろう?
 文字を追う彼の姿を思い浮かべた。
 ずっと図書室にいるのに健康的な頬、興奮したときに薄く開く唇、読後の満足げな溜め息。鋭い眼光、誰も寄せ付けない雰囲気をもつ彼に恋をした。今では時々、微笑んでくれる。
 緒方の一部を知っているという優越感が、少しだけ樋山を落ち着かせた。
 彼が明日の昼までに読む本はあと四冊。
 本当は、試験期間中だって図書室へ行きたい。けれど中一の十月、彼がそれを禁止した。
 思えば、好きの意味を訊こうとした日にそれを言われ、次に会ったのは三週間後。タイミングを逸してしまったのだ。
「俺らはなんのために学校へ行っているんだ? しかも私立だぞ、義務教育なのに。親に申し訳が立たん」
 きっぱりと言い切った彼は誰が見ても惚れ惚れするほど男前で、いくら彼の頼みといえど聞きたくなかったのにいつのまにか頷いていた。
 あのときはなぜか廊下ですれ違うこともなくて緒方不足で参ってしまいそうだった。
 でも今回はメアドがある。いつでもメールができる。
 そう思って帰宅後すぐさまケータイを開くと彼から受信。胸が高鳴るのもどうしようもないと言えるだろう。すぐに開きたいのを我慢し彼のアドレスを登録、ついでに個人着信音とランプも設定。
 そわそわしながら彼からのメールを開く。
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From:緒方
Subject:
テスト期間中はテストに集中すること。
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 なんとも彼らしい文だが、そんなに信用されてないかとがっくりきた。
 初メールがこれ。――これ!
 確かに邪な気持ちを抱いてないと言ったら嘘になるけど、『今、なにしてる?』に憧れたことがないと言ったら嘘になるけど! もう樋山は涙目だ。
 まあ恋人同士ではないし、と心の中で呟くが恋人になってもこんな感じがすると思わせる彼はすごい。結局テスト期間中に交換したアドレスが役に立つことはなかった。いや、少なくとも樋山の役には立った。試験勉強から逃げ出したくなったとき彼のアドレスを眺めてにやにやする。それだけだ。なんと不毛な使い方。


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