図書委員の日常
目が合うと彼の口端があがった。
あ、馬鹿にされた。
まあ、確かにいつもと逆だけど、幸せだからそれでいい。
図書委員に限らず各委員はひとクラスに二名ずついるが、樋山のクラス一年A組においては図書委員イコール樋山恭介となっている。それは、もうひとりの図書委員の影が薄いというわけではない。
“緒方連れ戻し係”と揶揄されるが故に、一年A組の図書委員は樋山ひとりとなった。
あれは、夏の日のこと。
学校主催の夏期補習は全員参加を義務づけられている。夏休みなんてものは名ばかりで、塾に言っている子がぶつぶつ文句を言う中、樋山は毎日まじめに登校していた。
夏期補習も二週目、生徒たちが疲れてきた頃。午後の授業に緒方が姿を現さなくなった。
最初は誰も気づかなかった。あるいは、気づかないふりをしていた。内部生の和を乱す外部生なんて、いないに越したことはない。
その日はたまたま教師も出欠に厳しい人ではなく、誰も彼の不在を取り上げなかった。
翌日も彼はいなかった。教師が真っ青になり保健委員は保健室へ、級副長は職員室担任のもとへ駆けていき、しかし彼は見つからない。
樋山の脳裏に、何かが掠めた。友人たちの制止も聞かず、図書室へ。彼は小説スペースのカーペットの上で本を読んでいた。
「緒方」
思えば、あのとき初めて呼んだのだ。
こちらに見向きもしない彼に、無視されたと思って肩を掴んだ。それでも気づかない彼の頬を打った。
「……あ?」
鋭い眼光に射すくめられ、情けなくも体が震えた。
「あの、授業が……」
彼が腕時計を一瞥、本を小脇に抱え、樋山を無視して図書室を去る。
緒方の恐ろしさに委縮していた樋山が思ったのは「貸出手続きしてない」だった。
「集中していてチャイムが聞こえなかった」という彼の謝罪なのかどうかわからない言葉を聞いてある教師は呆れ、ある教師は爆笑し、お咎めなし。
しかしその翌日、さらに翌々日も彼はやっぱり五限目に遅れた。
「最初に緒方を見つけたのは樋山。というわけで図書委員、連れ戻せ」という担任の命令により樋山は緒方連れ戻し係となった。
予鈴と同時に本を取り上げ、十冊を無言で持っていこうとする彼に貸出手続きをして、そんな日常。嫌々ながらも根が真面目なため、きっちり職務をこなしているうちに樋山は彼に恋をした。
係決めのとき、誰もなりたがらなかった図書委員。じゃんけんで負けて神を恨み、連れ戻し係なんて面倒なものを押し付けられて担任を恨んだが、彼に落ちた今となっては神さまありがとう、なんて。我ながら現金すぎる。
「何をにやにやしてるんだ」
「別に?」