図書室の主 | ナノ

図書委員の日常

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「俺もホモの仲間入りかあ……」
 自嘲気味に呟いて、そっと緒方のこめかみに口づけた。途端、猛烈な恥ずかしさに襲われる。
「なし、なし。今のなし!」
 相手はといえば無反応、気づいてすらいない。
「好き、だよ……」
 小さな呟きは嘆きにも似ていた。昨日の幼馴染の忠告が樋山の頬を歪める。思い出したくないことほど、忘れられないようにできているらしい。返す返すも腹立たしい。



 待ちに待った昼休み。
 昼ごはんを一緒に食べている友人たちに断り廊下へ出ると幼馴染の亮介に呼び止められた。
「最近、インテリらしいじゃん」
「まあね」
 空気は和やか、しかし亮介の目は笑っていない。自分もきっと険しい顔をしているのだろうと思いつつ樋山は幼馴染をじっくりと見つめる。
 小学校まで、幼馴染四人でよく遊んでいた。中学にあがり樋山だけクラスが分かれてしまった上に、樋山自身が夏から緒方にべったりだったためこんな小さな会話でさえ久しぶりなのだが懐かしんでいる余裕はない。
「恭介」
 苛立ったような亮介の声に軽く頷き、目で指し示された場所へさりげなく移動する。
 行きついたのは階段の踊り場。
 昼休みが始まってまだ十分、誰もいないことはわかっているが、亮介は周囲を注意深く見回してから口を開いた。さらに用心を重ねて、声を抑えているのがこいつらしいと感心する。
「恭介、気をつけろよ。噂になってる」
 何が、なんて野暮なことはどちらも言わない。分かりきっているからだ。茶化そうかと思ってやめた。
 幼小中高併設するこの夏扇学園なら進学するだけで幼馴染になってしまうけれど、亮介は本当に樋山の幼馴染だった。表面上の友しか得なかった樋山が心を割って話せる、親友ともいうべき人が心配してくれているのがわかって、顔が綻ぶ。
「大丈夫だよ、亮介が心配するようなことは何もない」
「そうか。いや、最初にヒロが気づいたんだけどね。他のクラスはまだだとさ。B組だけでこそこそ言ってる。こっちは瑞樹の情報だけど。恭介のいるA組でさえ、広まってない」
 他の幼馴染の名が出ても驚かない。その代わり、他のクラスに漏れていないということに驚いた。
 閉鎖的な男子校。この類の噂は、中学に入学して間もない不安定な内部生の間ですぐに駆けまわるはずなのに。
「さんきゅ」
 礼を聞きにっこり笑った亮介の顔は明らかに楽しんでいて、溜め息が出た。
「恭介」
「ん?」
「少なくとも中三は同じクラスになろうぜ。そしたらこんな噂、蹴散らせる」
 その言葉の意味するところはひとつ。まったく自信家なところは変わらないと苦笑してしまう。
「わかってるよ。心配しないで」
 万年二位くん、と心の中でこっそり付け加えたのは樋山の意地悪ではないと思う。
 中学三年からは習熟度別のクラス編成になるから、応用クラスに入ろうというお誘い。


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