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他のことを考える機会ができたのはいいことだと割り切り勝手知ったる幼馴染の家を目指そうとして、やめた。
一旦、帰宅しよう。
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『亮介が泣いてるらしいよ』
にやにやとカメラ目線で言う男。寛樹はディスプレイを破壊しそうになってやめた。
『かわいそうになあ……。恋人に放っておかれて瑞樹で熱を冷ましてさ』
挑発的な声、視線。感情をコントロールできなかったらスパイなんてやってられない。
それにしても、耐えろ、と自分に言い聞かせたのは随分と久しぶりだ。
憶えてろよ、と聞こえるはずもないのに画面越しの恭介に吐き捨て恋人の像を瞼の裏に結ぶ。
まだ、あいつは恋人と思ってくれているのか。
苦々しい想いが込み上げてきて、噛みしめた歯が嫌な音を立てた。
帰りたい。亮介がいる場所へ。あの腕の中で思い切り甘えて、そして彼を甘やかしてやりたい。
『じゃ、俺、行ってこようかなー。“寛樹”の家にさ』
厭味ったらしく言い捨てて家主が去る。部屋が暗くなりドアの閉まる音がした。
暗視カメラに切り替わったディスプレイをそっと指でなぞる。
ただ楽しかっただけの幼い日々に帰りたいなんて思わない。じゃあ、何を望むのかと問われれば恋人の腕で安らかに眠りたい。
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名賀暁の帰宅を、草場悠太は一睡もせずに待っていた。
今日、彼が帰ってくるかどうかなんてわからない。帰ってきたところで、悠太が待っていたのをありがたがるどころか迷惑そうにする暁を待つのはつらい。
でも、彼の姿を見ると嬉しい。
だから悠太は暁を待つことをやめられないのだ。
「最近おイタが過ぎるぜ、暁……」
呟き、ひとりで笑う。知ったところでどうにもできないのだ。彼の意思を変えることができるのは自分ではない。
変えたいとも思わない。疲れたのだ。自分を見ようとしない彼に。
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亮介の家に上がり込み、ぐったりしている亮介を抱き上げた。
「お疲れさま」
「まったくだ」
背後にいるであろう瑞樹に告げると、疲れた吐息と共に消え入りそうな言葉が落ちた。