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キスしている間に他の人のことを考えるなんて無粋だと言ったかつての恋人の姿が脳裏をよぎり振り切るように目を閉じた。
「真司くん」
彼女の指先がそっと真司の唇に触れる。
「私のことを考えて。こんなこと、女性に言わせるなんて無粋よ。もう一度言わせてごらんなさい。あなたの将来に影が差すから」
どきりと心臓が派手な音を立てる。すみれに聞こえるはずもないのに胸を押さえた。
彼女はゆるりと笑みを浮かべて踵を返した。
「帰るわ」
「送ろう」
「結構よ。心の中を整理してらっしゃい」
足が竦み苦笑する。まったく彼女には敵わない。
「やっぱり、駆け落ちしておけばよかったわ」
一瞬こちらを振り向いた彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべていて、手を振ると静かに去っていった。
ひとり残されたホテルのティーラウンジ。
視界の隅に彼が見えた気がして軽く自分の頭を小突く。
今日はどうかしている。
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調査対象、緒方真司を暁と寛樹は遠くから眺めていた。
本格的な調査は恭介にやらせる。今日はその下調べだ。暁は悪趣味だと思っていたら言葉に出てしまった。
「まったく悪趣味」
「なんのことかな?」
悪態を吐いたらナイフを突きつけられたが平然としていたらすぐに引っ込められた。
「どうせ君のことだから全部知ってるんでしょ」
「さあね」
「なんで恭介にやらせるわけ。俺の方がうまくできるのに」
「必死だね。そんなに幼馴染が大事?」
「当たり前」
久しぶりだね、緒方。
遠くの彼へ、心の中でそっと呟く。同時に、依頼を突きつけられたときの幼馴染を思い、らしくもなく胸が痛んだ。
彼らの部屋に盗聴器とカメラをつけてきたばかりだ。
もっとも、恭介はすぐに気づくだろうけど。