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夏が来るということ

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 彼はそれっきり口を閉ざしたが、察しがついてしまった。薬品の実験に使われるのはネズミ。
 人間嫌いな彼は動物が大好きだったことを思い出す。
「いつまで経っても、慣れないんだ」
 ぽつりと呟く言葉を受け止めることもできずに、彼の背を擦り続けた。一週間ほどそんな状況が続き、久しぶりに上機嫌な彼が帰ってきた。
 見せられたのは、球体の中の水を観察することで数時間後の天気がわかるというおもちゃ。
 組み立て終わった彼には微笑が浮かんでいて、それ以来、瑞樹は彼を止められない。



 秋一の方の帰宅が早かったらしい。
「遅い」
「はいはい」
 このやり取りも何度目か。
 瑞樹の買ってきたパッケージ片手にそわそわしつつ、ひとりでは開けないところが彼らしい。
 夕食を終え、お気に入りのソファに寝転がって部品をガラステーブルに並べる彼の目の前に瑞樹が差し出したのはひとつの植木鉢。
「ねえ、秋一。一緒に育ててみない? 俺が世話するから」
 まじまじと彼が見つめるのは、まだ芽の出ていないふかふかの土。しばらくして、そっと鉢を掴んで抱き締めた。
「気に入った」
「そう。よかった」
 彼がテーブルへ鉢を置くと同時に、腕を引っ張られ瑞樹は彼の上に倒れ込む。
 バランスを崩し体のあちらこちらが痛い。
「僕の世話は?」
 唇がつきそうなほどの至近距離で不機嫌そうな光を宿した瞳が瑞樹を覗きこむ。その中に僅かな怯えを見つけて、昔と変わってないことを嬉しく思う。
「喜んでするよ、秋一」
 その答えに満足したように、上からキスが降ってきた。
 夏が来るということ。彼にとって楽しみの季節がやってくるということ。瑞樹にとって、無機物に嫉妬する季節がくるということ。



おわり


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