図書室の主 | ナノ

夏が来るということ

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「言ったはずだ。生き物はやらないって」
「そうだよ。でも、プランクトンだよ? 君の部屋を探したら光学顕微鏡だって見つかる」
「嫌なものは嫌だ」
 こうなったら何を言っても無駄だ。仕方がないのでもうひとつのパッケージを差し出す。
「太陽光パネルか」
「そ。気に入った?」
 頷き、礼を言った彼の頭を撫でる。今日は抵抗されなかった。多少、罪悪感はあるらしい。
 太陽電池を使った、発泡スチロールの車の組み立てキットは千円の割には本格的だ。
「明日、組み立てる。付き合え」
「はいはい」
 ぱちりと部屋の明かりを消す。秋一は寝室のベッドへ、瑞樹はリビングのソファへ。
 お互いに踏み込まないこと。昔からの暗黙のルールだった。



 学生時代からの友人だった秋一と社内で再会したときは驚いた。
 同じ会社に就職したことも知らず、彼は薬品開発部担当の研究者、瑞樹は広報部担当の平社員、接点なんてあるはずもなかった。
 会議で互いを初対面としてやり過ごし、机の後片付けをひとりで行う瑞樹に、一旦は退室した秋一が「手を抜くな馬鹿が」と吐き捨てたときには苦笑した。
 その後何回か強引に社食に誘い、旧交を温めたつもりでいたがそれは瑞樹だけだったらしい。
「岸本くんって薬の岸本さんと親しいんですね」と言う同僚へ「昔からの友達なんだ」と言う前に彼から「知り合いです」と先制されたときは泣きたくなった。
 彼の家を訪ねること数回、瑞樹に渡されたのは鍵。
「どこの?」
「ここのに決まっているだろう」
 呆れ顔で言われたが、感動してしまってそれどころではなかった。
 勝手に上がり込み、冷蔵庫の中を拝見。相変わらずな食生活なようで、時間があるときは彼の家で一緒に食べることにした。



 秋一の家のキッチンに立つのも慣れた頃、彼が真っ青な顔で帰ってきた。
「実験で」


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