図書室の主 | ナノ

夏が来るということ

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 買い出しついでに寄ったホームセンターで秋一の気に入りそうなものを見つけたので、今日こそは帰宅する予定を取り消し彼の家に泊まることにした。
 勝手知ったる他人の家の鍵を開け、リビングに直行。秋一は瑞樹へ見向きもせず、真剣な表情でプラスチックの部品を繋ぎ合わせていた。
 この時期だけホームセンターで売っている小学生向けの自由研究教材を組み立てることが岸本秋一の数少ない趣味のひとつだった。陳列棚に並ぶこれを見たとき、彼の控えめな微笑が思い浮かんだ自分に苦笑しつつ迷わず手に取った。
 初めて部屋を訪れ、堆く積まれた過去の産物を目の当たりにし、唖然としたことは今でも思い出せる。捨てないのかという問いに対し、彼が気まずげに「捨てられないんだ」とそっぽを向いて言ったことも。
「夏といえば自由研究だろう」とかつて大真面目に言い切った秋一は、瑞樹にそれを告げて十年以上が経過した今もなお、夏限定のお手軽なおもちゃを好んでいた。
「対象年齢五歳……。君も思い切ったね」
 打ち捨てられたパッケージを拾い上げ、代わりに紅茶を置いてやると小さく礼を言われた。
 なにが彼の琴線に触れるかわからなかったころはジグソーパズルや知恵の輪、ルービックキューブなどを並べていた。それらに見向きもしない彼を観察し、やっとそれが理科という共通のキーワードを持つことに気づいたときは呆れを通り越して感動してしまった。
 今、彼が組み立てているのは望遠鏡。部屋を探せばあと五、六個は出てくるはずだが瑞樹は黙っていた。
「よし、できた。やる」
 満足げな吐息と共に目の前に差し出されたのは手のひら大の望遠鏡。
「ありがとう。お風呂湧いてるよ」
 受け取り、ベランダへ持っていき覗く。残念ながら曇りでなにも見えなかったけれど。
 シャワーの音をBGMに、瑞樹は袋からプランクトン飼育キットを取り出した。
 組み立てることにしか興味がない彼、その理由も察しはついている。瑞樹があげたものでも気に入らなければ捨ててしまうくせに、一番傷ついているのは秋一という矛盾。



 瑞樹も風呂を上がり、タイミングを見計らって彼に渡してみた。
「……なんだこれは」
「プランクトン飼育キット。俺とやってみない?」
 無言で押し返された。じっとりした彼の視線の中の哀しみは見ないようにして、彼の言葉を聞いた。


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