図書室の主 | ナノ

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 今までのどんなときよりも彼に表情があって見惚れた。と同時に何かがひっかかる。


「友達?」


 恐る恐る訊ねると満面の笑みで返された。

 もしかして。

 ――もしかして!? まだ肌寒い4月だというのに樋山の頬を汗が伝う。


「あのー、緒方くん」
「なんでくんづけなんだ?」
「なんとなく。俺、好きだよって言った、よね?」
「そうだな」
「『俺もだ』って言ってくれたよね?」
「ああ。好意は好意で返すべきだろう」


 樋山は泣きたくなってきた。これ以上訊かない方がいいってわかっているのに訊くのをやめられない。緒方は樋山の様子がおかしいと気付いたのか真面目に正座している。


「じゃあ、他の人が緒方に好きだよって言ったらやっぱり俺もだって返すの?」
「それが礼儀だろう。まあ樋山以外に言われたことはないが――夏扇の挨拶代わりなんだろう?」


 彼は首を傾げ、純粋そのものの瞳で言った。

 負けた。

 樋山はがっくりうなだれた。今は泣いたって誰も責めないだろう。泣かないけど。

 幼小中高併設する男子校の夏扇学園に入って今年11年目の樋山は、知っていたけれど気づかなかった。

 世間でおぼっちゃま校と言われる夏扇学園には、独特の風習があるらしい、という噂が存在することに。

 そして、中学から夏扇に入ってきた緒方はまだ世間の見方が残っているということに。

 男子校であるが故にホモが多いらしいなど悪意ある噂には敏感だったがおぼっちゃまと見られることには、下上がりの樋山たちには反発があって。

 忘れたい、と思うから失念していたわけではないと思うが、結局のところ樋山はいい意味でも悪い意味でもおぼっちゃんだった。


「あのね、緒方」


 言おうとして、口を噤んだ。

 自分の想いだけでいっぱいいっぱいで気づかなかったけれど。

 気づかないふりをしていたけれど。

 これって、緒方にとって、重い、のか……?

 まっすぐにこちらを見つめる緒方と目が合い、樋山は溜め息を吐いた。


おわり。

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