Memo | ナノ


12/17(Tue):思いつきログ

思いつきログ
2013.06.21.-2013.09.06.

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09/06(Fri):思いつき

なちゅらるのできたところまでー。
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 徹夜で仕上げた原稿は部長に突き返された。
 昼休みはまだ10分も残っている。
 教室に戻り、窓の外をじっと睨むと情けなさに力が抜けそうだった。
 合唱祭があるために坂部自身は出席が叶わないため、夏の大会の前哨戦である水無月の会へせめて原稿だけでも出したかったが……仕方がない。
 突き返された理由は、「最近の活動日に来ないから」だそうだ。
 批評会に向けて自由に執筆を進めるのが文芸部だ。
活動日なんか元々ないくせにと胸中で毒づき、しかし嫌われているのがわかっていたのに、付け込まれる隙を作ってしまった坂部の詰めが甘かったと思うしかない。
 夏の大会でいきなりこれを出すのも怖い気がするが、どうせ徹夜で仕上げた作品だ。手直しする時間ができたと思おう、と溜め息を吐くと、心配そうな親友の視線に気づいた。
「坂部、無理しないでよ」
 坂部の数少ない友、宮下克己はぎゅっと眉間に皺を寄せ、首を軽く横に振って、言う。
「してないよ」
 坂部にしては完璧に笑って返しても、宮下は信じてないようだった。
 中学校1年生からの付き合いは伊達ではないようだ。
「あのさあ、坂部」
 純粋に坂部を心配してくれる瞳がふいと逸らされる。
「松口に絡まれてるらしいね」
 きっと、本当は別のことを訊こうとしたに違いないのに、親友は話題も逸らしてくれた。
「絡まれているわけじゃない。ヒサは、俺の後輩だよ」
「ヒサ、ねえ……」
 親しげな呼び方が癇に障ったらしい。
 いつも読めない笑みを浮かべている宮下にしては珍しく、苛立ったように片眉を吊り上げている。
「坂部、きみ、どうしちゃったんだい。あんな破廉恥な男、間違っても近づかないと思ったけど」
「そうだよ。俺は近づいてない。向こうから近づいてきたんだ」
「理由になってないよ、坂部」
いやに絡むな。
 文芸部のこともあり、機嫌の良くない坂部は宮下を睨みつけた。
「呼び方なんて、どうでもいいだろう? 合唱部の先輩は、ヒサをヒサと呼ぶものなんだよ」
 宮下の瞳は坂部を憐れむものへと変わっていた。
 しかし坂部はそれに気づかない。
 自分の言葉に引っ掛かったのだ。
 ――篠村はヒサを苦手と言っていた。
 ――笹原はヒサをゴミと言っていた。
 なのに、「ヒサ」と呼んでいる。
 先輩、だから……?
どういうことだ。
「そもそも、なんで合唱部なんかに入ったの」
 詰問口調の親友の声も、脳に留まることはない。

「どうしたんですか、坂部先輩」
不安げに揺れる瞳に覗き込まれ、坂部は我に返った。
 下足室からバス停まで昼間のことを考えて黙り込んでいた坂部と、何も言わずに隣を歩いてくれていたヒサだったが、バス停に着くと静かに問うてきた。
「いや、ちょっとね……」
「気分が悪い、わけではないですよね?」
「――大丈夫。合唱祭に支障はないよ」
 最近、どことなく険しいヒサの眼光が緩んだ。
 明日が生徒総会だというのに、ヒサは放課後、ずっと第一音楽室にいた。
「僕は合唱部員ですから」
 合唱祭優先です、といたずらっぽく笑う。その背後に広がる空は闇だった。
中学生も延長届を出したために、時刻は19時半を回ろうとしている。
 とはいえ、ヒサは生徒会の仕事が長引いて届を出さずに19時過ぎまで残る常習犯らしく、まったく怯えてない。
 ふたりきりのバス停は、なぜか落ちつく。
「俺、中1から文芸部に入ってるんだけど」
 目を凝らさないと輪郭もぼやける闇の中で、ヒサが動揺した気配が伝わってくる。
 坂部は小さく笑った。
「偶数月に批評会があってね。もちろん、今月もある。だけど、合唱祭の練習があるからそっちはパスしますって言ったら部長に原稿を突き返されてね」
 宮下には話せないことも、そこそこ信用していても未だに掴めない後輩になら話せる気がした。
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ傷ついた。嫌われてるのがわかってんだから、付け込む隙を与えちゃいけなかったのに。それで苛々しちゃって……。親友とも、喧嘩しちゃった。心配してくれてたのに」
 ヒサは口を挟まなかった。
 ただ、黙って聞いてくれた。
「すみません……」
 掠れた声の謝罪に驚き、闇に紛れそうな瞳を見つめるとヒサは苛立ったように溜め息を吐き、そして笑った。
「すみません、先輩。合唱部で兼部する者がここ最近いなくて、その可能性を失念していました」
「ヒサが謝ることなんて、何も……」
 後輩は困ったように微笑むばかりで、バスが来たら、坂部の背中を押してしまった。
 ヒサは何も言わなかった。

 昼休みの後、5限から7限を使って、生徒総会は行われる。
 講堂に集められた生徒の数は、約千人。数としては大したことはないが、男ばかりだとなんとなくうんざりしてしまう風景も、4年目になると慣れる。
 高校副会長によって開会宣言がなされ、生徒会役員の紹介、そして議長団入場と続く。
 生徒たちの拍手による議長団の承認を終えると、各委員会の委員長による活動報告が行われるが坂部は聞いてはいなかった。
 上手に置かれた長机の前列、生徒会長と高校副会長に続いて座るヒサは、坂部の知る前のヒサだった。
 壇上でヒサを見るのは立会演説と任命式、今度で3回目だ。
 公の顔があるのは当たり前だが、他者を寄せつけまいとする表情に、坂部の胃の奥が痛んだ。
 そして、ヒサの隣には、篠村がいた。
 生徒会執行部監査のひとり、文化部長代表なのだそうだ。
 第一音楽室で常に険悪な雰囲気であるのは、これも関係しているのだろうか。
 委員長たちによる活動報告の後は、部長たちによる各部活の活動報告と予算申請の承認だ。その後、生徒会執行部への質疑応答が行われる。
 はっきりいって、普通の生徒にとっては退屈な時間だ。
 眠っている者も少なくない。
 坂部は首を動かさずに済む範囲で合唱部員たちの横顔を盗み見、そして驚いた。
 殆ど眠っていると思ったのに、みんな起きている。
 日向はどうでもよさそうに、笹原は興味深そうに、起きて、ヒサとときどき篠村を見ていた。
 ひとつの部に属する者がふたりもステージにいる。しかも、敵対する者として。
 やはり、気になるのだろうか。
 坂部はヒサをじっと見つめた。視線を感じたのか、目が合う。
 いつになく冷たい瞳で一瞬見下ろされたのち、逸らされた。
 公の、顔だ。






08/31(Sat):思いつき

※英語です。
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What you said binds me, whether you want or not. Your decision is different from mine now. I cannot save this, you know. To protect this is to keep ourselves. Keep in mind! I'll run! I'm running till you defeat!

ヒサの台詞だとしたら、とても悪役。





08/28(Wed):思いつき

思いつきで図書室。
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 図書室の雰囲気が好きなのだと彼は言う。

 放課後、いつもは賑わう図書室も試験期間中は静かなものだ。
 学級文庫の中に図書室の本が混ざっていなければ、石村も来ることはなかった。
 いついかなるときでさえ常駐するはずの図書委員がいない。
 本を借りに来る生徒も返しに来る生徒もいないと踏んで、さては、逃げたな。
 図書室に保管されているはずの貸出カードも奥付の袋に差し込まれているし、最後の貸出人の名はなく、3年も前の日付のみ記されている。恐らく、手続きせずに持ち出したのだろう。
 ならば、こっそり、元の場所へ返してやろう。
 背表紙の番号を見て、棚を探し――なぜか小説スペースが気になった。
 座って読めるように、誰かが絨毯を引いた、その奥。
 天使が、ぐったりとしていた。
「え、ちょ……」
 とことん俺は運が悪いと思う。
 上履を脱ぎ捨て、抱き起こす。
「起きて! 起きてください! 大丈夫ですか!」
 高校2年生。
 他学年では天使と呼ぶことの方が多くて、確か、名前は――。
「んぁ?」
 天使が腕の中でうっすらと瞳を開く。
「ッ! ――申し訳ないね。返却かな?」
 特に驚いた様子もなく身軽な動作で起き上った彼が石村へ微笑む。
「あ、その……。それもあるんですけど、体調が悪そうに見えて……」
 おずおずと石村が言うと、天使がにっこりと笑う。
「心配してくれたんだね。ありがとう。あまりにも日差しが暖かくて、どうせ誰も来ないし、でも委員長だから義務はあるし、でね。せっかくだからお昼寝してたんだ」
 生徒会長にはどうか内緒にしてね。
 天使が笑うたびに、周りに星が散る錯覚を起こす。
「あの、先輩」
「なあに? あ、その本だね。あー……、うん。わかった」
 石村の脇に放られた本の背表紙に視線を走らせた天使が困ったように笑う。
「俺が責任を持って、返そう。名前がなくて、困ったでしょう?」
「いや、それもそうなんですが……。お昼寝なさるくらいなら、もう、帰られてもいいのではないでしょうか。本当に、誰も来ませんよ」
「うん」
 嬉しそうに天使の瞳が細まる。
「でも、きみが来てくれたから。まだ、誰か来るかもしれない」
「――生徒会長なら、来ませんよ」
「なんで緒方?」
 鎌を掛けたつもりだったが、かわいらしく首を傾げられ、石村は言葉に詰まった。
「いえ。先輩と緒方先輩は仲が良いと、他学年でも評判で……」
「へえー。ま、事実だけどね」
 いたずらっぽく口端を吊り上げる天使は、悪だくみをしているように見える。
「図書室にいるとね、落ち着くんだ。雰囲気が好きでね。誰もいない図書室が、一番好き」
 暗に去れと言われているのだろうか。
 石村は頭を下げ、転ぶように上履を引っ掛けると逃げるように図書室を飛び出した。
「――ッ!」
 息ができなくなりそうだった。
 図書室の扉の脇に、生徒会長がいた。
 生徒会長は石村を一瞥すると、ニィと不安になる笑みを浮かべ、中へと入っていく。
「――なんだよ」
 結局は、王子様を待ってただけか。
 あの部屋のどこかにひっそりと眠る、おとぎ話のように。





08/27(Tue):思いつき

昨日の続き。
なちゅらるより。
あと少しー!
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 各務は坂部と目を合わせないように頭を下げると、重たそうな第一鞄を抱えて、固められた机の奥に置いた。その中から宿題らしきものを広げ、こちらを見ることはない。
坂部の対角線上。わかりやすい子だ。
彼もまた、坂部のことを憶えていないようだった。
「今日来る新入部員は坂部くんだけかな。まだオリエンテーションまで日があるし。もう少し人数が集まったら、発声しようかな」
 篠村も、鞄の中からノートを出して宿題を始めてしまった。
 話し相手もないショウは、他の2人に倣って宿題をすることにした。
 部員が集まり始めたのは、16時半を大幅に過ぎた頃だった。
 悪意を隠そうともしない、同級生たちの視線。
 あまり歓迎的ではない、中学生たちの視線。
 それらに気がついているけれど、特に注意をしない高2。
 やっぱり入る部活を間違えたな、と思いつつページを捲ると、いきなり空気が張り詰めた。
 何事か。
「はい、こんにちはー」
 張りのある声で呼びかけられ、ショウは古典の問題集からそろそろと顔を上げた。
 いつの間にかグランドピアノの前に見たことのない大人が立っており、室内に散らばっている部員ひとりひとりと目を合わせ、微笑む。
「あれ、新入部員……かな? ようこそ」
 穏やかな笑みの中に鋭さがあり、ショウは声を発することができなかった。
「早速だけどパート、決めようか。準備室に行こう」
「先生、みなへの自己紹介が終わっていません」
「そんなの、パートと一緒に発表でいいだろう?」
「――はい」
 邪気のない笑みを湛えた大人と、苦々しさを隠そうとしている篠村はなかなか興味深かったが、腕をがしっと掴まれて、坂部もぎょっとした。
 当然のことながら、誰も助けてくれない。
 引き摺られるように連れていかれたのは、先程、松口久哉が来た扉の向こう。
 簡素な小部屋だった。
 よく見たら、廊下に出られる扉もついている。
 壁の中央には、磨き上げられたアップライトがひとつ。――なんでこの学校はこんなにピアノが多いんだ。
「このピアノ、いい味だしているでしょう? 生徒のひとりが、磨き上げたんだよ」
 どことなく滲む誇らしげな響き。ふいに松口久哉の姿が脳裏を過ぎった。
「大切にされているのは、わかります」
「あ、本当? 嬉しいな」






08/25(Sun):思いつき

Naturalの予告。
夏休みの宿題代わりに、この2人はある程度までいきたい。
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 松口久哉に関する噂を思い返し、坂部将太は自身の決断が迫られていることを感じた。
 別に、坂部が情報屋というわけではない。むしろ、中学受験組であるが故に、学園内のゴシップには疎い。
 松口久哉といえば、この学園の問題児だ。これくらいのことは、夏扇学園で学ぶ者ならば誰でも知っている。
 幼小中高を併設した学園。少人数教育とはいえ、全体で2千人は下らない。
 であるにも関わらず学園の隅々まで浸透している不名誉な噂。閉鎖的な環境で刺激に飢えているのだろうか。
「初めまして。ベース中3、松口久哉です」
 応じるかのように、風が吹き桜が舞った。
 緊張して強張っているけれど、少し照れたような笑みは確かに人を惹きつける。
 自分が求めていたものに近いような気がして、奪われそうになる。
 しかし、もし噂が本当なら、これは『松口久哉』ではない。
 それに、彼は、もっと、身を切られるような泣きたくなるような――。
「存じておりますよ」
 思った通りの冷やかな声が出て、坂部は落ちつきを取り戻した。
「中学副会長」
 初めましてじゃないよ、松口くん。
 もう、何度も――。
 こんなに傍にいるのは2週間ぶりだよね。

 ガチャンと金属音を響かせて、背後で扉が閉まる。
 意を決して第一音楽室へ足を踏み入れたというのに、中には誰もいなかった。
 校内とはいえ、馴染みのない場所は薄気味悪い。
 右奥のグランドピアノの陰には誰かが潜んでいてもわからないだろうし、中央奥のアップライトはなんとなく窮屈な印象を与えるし、左奥のアップライトはカバーが破れてるし、今、右手を置いている黒板前のグランドピアノだって――。というか、ひとつの部屋に4つもピアノ、いらないだろう!?
 とにかく室内に留まる気になれない。
 外で誰かを待とうと坂部が取っ手に触れたとき、音もなく外から扉が開かれ、心臓が跳ねた。
「あっれー? 新入部員ー?」
 視界を塞ぐ濃紺は制服だと気づく前に、頭上から声が降ってきた。
 向こうも坂部の存在は予期しなかったようだ。
 顔を上向けると、眠たそうな瞳を驚きで瞬かせた大男が再度問いかけてくるが、坂部は即座に頷くことができなかった。
 咄嗟に目に入った襟章の色は、群青。高校生だ。
 いや、坂部より一級上の彼が高校生ということは知っていたけれど。
 まさかこの人がここに来るとは思わなかった。
「もしかして転校生? 迷子なら、職員室まで案内するけど?」
 黙りこくった坂部へ、大男は首を傾げて問いかけてくる。
「あ、いえ、その……。入部希望です」
「ああ、そう。高校生――1年生だね。進級、おめでとう」
「あ、ありがとう、ございます……」
「あのさ、いきなりで悪いんだけど。松口久哉、見なかった?」
「――え?」
 本当にいきなりで、なぜここでその名が出てくるかがわからない。
 しかし、戸惑っている坂部を見た大男が下した判断は別な物のようだった。
「あー、そっか。知ってるわけないか。ごめん。何しろ実物を見たのは演説のときだけだろうしね。えーっと。ほら、生意気そうな中学生。見なかった?」
「いや、あの、今度の中学副会長のことですよね?」
「そうそう。顔、わかるかな。ここで、会わなかった?」
「いいえ……、松口くんどころか、誰にも」
「おっかしいな。部室の鍵、空いてたでしょ?」
「え? あ、あー、はい」
「ちょっと失礼」
 制服をだらしなく着崩した高校生――いや、自分も今月から高校生だった。
 彼は坂部の肩越しに第一音楽室の中を覗くと、しばらく無表情で黙りこんだ。
 大きな溜め息が聞こえて驚き、大男を仰ぎ見ると、彼は困ったように笑った。
「準備もしてある……。ねえ、きみ。机と椅子、最初からこんなふうになってた?」
「こんなふう、とは」
「椅子を畳んで端に寄せて、机を中央に固めてあった?」
「え、ああ、はい……。それに、俺は今来たばかりですから」
「あー、そっかー……。ありがとう。ここでずっと話すのも疲れるし、中に入ろう」
「え!? ああ、すみませんッ! ずっと、塞いでいたんですね」
「いいよいいよ」
 高校2年生であるはずの彼は、入室すると中身が何も入ってなさそうな第一鞄を机の上に置くと坂部に背を向けて大きく伸びをした。
「来てるはずなんだけどなー。でも、実際いないし、準備は整ってるし……。ねえ、きみ」
「はい」
「ちょっと俺、出てくるから。すぐに戻るけど、他のメンバーはしばらく来ないと思う。手持無沙汰なら、時間を潰して、20分後においで」
「――はい」
「ああ、それと」
 鞄からファイルを取り出した彼が坂部を振り返って人の悪い笑みを浮かべた。
「合唱部へ、ようこそ。部長の篠村幹孝です」
「誰も認めてませんけどね」
 視界の隅から届いた冷やかな声に、坂部は思わず身震いをした。
 篠村を見ると平然としていて、慣れているのか、それとも松口久哉がそこにいることに気がついていたのか。
 黒板前のグランドピアノの向こうに、坂部が入ってきたのとは違う扉がある。松口久哉はそこから来たのだろう。
 松口久哉は坂部に目もくれず、篠村に歩み寄った。
「遅いですよ。じゃあ、僕が行ってきます。すぐに戻ります――予算は?」
「これ。よろしく。あと、準備してくれてありがとう」
「あなたのためにしたわけではありません」
 坂部の脇を素通りして、松口久哉は、恐らく正しい出入り口から出ていった。扉は音もなく閉まる。
 会うたびに思うが、やはり噂通りの変人のようだ。
「気になる?」
 黒板前のグランドピアノに背を預けた篠村が腕組みをして問いかけてくる。
「え……」
「ヒサのこと。あ、今のが松口久哉ね。気づいてただろうけど」
「あ、はい……」
 気になることへの返事なのか、気づいていたことへの返事なのか、自分でもわからなかった。
「中1のときから合唱部員でねー。パートはずっとベース。生意気で手に負えないよ」
「あの人が、中学副会長なんですよね」
「そうだよ」
 この胸苦しさは、怒りだ。
 噂通りだ。年上を馬鹿にして。
「あんな人間が」
 気分を害した坂部に気づいた篠村が呆れたように笑う。
「あー、きみはヒサの噂で凝り固まってるタイプ?」
「火のないところに煙は立ちませんから」
「それもそうなんだけど。まあ、いいや。俺が言ってもわからないだろうし。見てたらいいよ」
「でも、俺を無視しました」
 篠村は笑みを堪えたような顔をした。
「気に入らないから、噂を信じちゃうんだ?」
「引っ掛かる言い方ですね。なんで松口くんの肩を持つんですか」
「見てたらわかるよ」
 含みを持たせた言い方も気に入らない。
 今まで、噂が噂になるだけの奇行を見てきただけに、気分が悪い。
 篠村は余裕をひけらかすかのように肩を竦めた。
「ま、俺もヒサは苦手だけどね。――はい、こんにちはー」
 派手な音を立てて、扉が開く。
 上半身だけを覗かせ、篠村に訊ねる子は、襟章の深緑から判断すると中学生のようだった。
「こんにちは……。あの、まっちゃん、来てませんか?」
「生徒会室に行ったよ。発声までには戻るんじゃないかな」
「あー……」
 見たことがあるような、ないような子だった。
 この学園にいたら雰囲気が似てくるから、坂部の勘違いかもしれない。
 凝視している坂部に気づいた篠村が、中学生に聞こえないように囁く。
「ヒサを飼いならしているのは顧問の古沢先生と中森と、あ、俺の同級生ね。それと、もう退部したひとりくらいかな。あと、この子。かがみん、おいで」
「はい」
 おずおずと坂部の前に出た子は、怯えた様子で篠村の表情を窺っている。
 篠村は中学生を安心させるように、にっこりと笑った。
 なんだ、そんな顔もするのか。そう思うくらい、柔らかな笑みだった。
「ご挨拶」
「バリトンの各務佑介です。――中3、です」
 やっぱりこの子、知ってる。
 松口久哉と一緒に、よく図書室に来ていた。
「きみにとってはかがみんもヒサも年下の先輩だけど、気にしなくていいから。合唱部は年齢イコール先輩後輩。――そういえば、きみの名前は?」
「坂部将太。高校1年生です」
 篠村や松口ほど有名な人間も珍しいが、改めて名乗ると、自身の存在が否定される気がする。
 自己紹介は、人間関係の始まりなのに。






06/21(Fri):思いつき

【年間3万人が自ら命を捨てる国に僕は生きている】
瑞樹と秋一と柚葉
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 いつだってお前は唐突に別れを告げる。
 多くの人が目を覚ますはずの朝、秋一の恋人は目を覚まさなかった。

*****

 呆然としている間に、彼の遺体は彼の家族に引き取られた。
 約20年連れ添った恋人。
 異性であれば、きっと結婚していた。
 生まれて初めて、この国を恨んだ。
 金銭の問題ではない。
 葬式もただの友人としてしか参列できず、同じ墓に入るどころか、骨を引き取ることすら許されない。 
 愛していたのに。
 愛があれば耐えられると思っていたのに、目に見える何かに縋りたくなる自身の浅ましさに気が遠くなる。
『秋一』
 顔を上げても誰もいない。
涙が一滴、弾けた。
 最後にした会話はなんだったか。
「秋一」
 瑞樹。
 僕をつれていけ。
 お前なしで生きていくことなんてできない。
「秋一、どうしたの」
 瑞樹。
 なんでお前はいつも、自分ひとりで勝手に去り際を決めるんだ。
 真っ白な世界で、自分を呼ぶ声に手を伸ばした。

*****

 兄の恋人が自分の腕の中で気絶してしまった。
 無理もない、と柚葉は思う。なにしろ、兄が亡くなってから彼は一睡もしていない。
 兄には過ぎた伴侶だった。
「秋一」
 涙の残る頬に、口づけた。
 兄にそっくりなこの顔が、どうか役に立ちますように。

*****

 なんだかとても哀しい夢を見たが、内容は憶えていない。
 ただ、どうしようもなく不安で、逃げるようにベッドを抜け出した。
「おはよう、秋一」
 キッチンで玉子焼きを作っている瑞樹に抱きつくと瑞樹はくすくすと笑う。ほっとすると同時にどこか違和感があったが、秋一はひたすら、恋人の体温に縋った。
「どうしたの、秋一。甘えん坊だね」
「ん。なんとでも言え」
 瑞樹独特の香りが秋一の肺を満たす。
 幸せだ。
「瑞樹」
 そっと名前を呼ぶと、なぜだか涙が溢れてくる。
「瑞樹、ずっと僕の傍にいてくれ」
 瑞樹が困ったような顔をして秋一の頭を撫でてくれた。
「なあ、瑞樹。誓ってくれ。僕は、僕は――」
「あのね、秋一」
 柚葉は迷った。
 人はいつか死ぬものなのだと諭すか。
 兄になり替わって、秋一に別れを告げるか。
 そうしたら、兄は秋一の中で、恋人でなくとも生きていることになる。
「俺はずっと、秋一を愛してるよ」
 その想いは果たして自分のものか、それとも兄のものか。



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