さあ、歩こうか関連非夢作品




「願いを叶えてくれるのだろう!」


不躾に欲望のみを忠実に面へ出す目の前の輩に、星の申し子は不快感を感じた。
何が願いを叶えてくれる、だ。
したくてするはずがないだろう、誰が貴様らなどの自由に己の能力を解き放たなければならないのか。
自分の望みは必ず叶えてもらえるのだ。
人間の思考が申し子の中へと侵入する。

嗚呼、なんと気味の悪いことか。
遠き過去に気紛れで叶えてやっただけのことがこれほどまでに歴史に名を残すとは。
原初の父の偉業を崇め奉るべきだ、申し子は輩に人間という種族に対して嘲笑を浮かべる。
色鮮やかに咲き誇るその笑みは、恐ろしさを感じるには十分過ぎる威圧感を醸し出すのだ。
足を組みながら宙に浮き、高い位置から見下す。
何故期待をする、何故過信をする。


「早く、早く叶えてくれ!」


ああ、自分勝手極まりない。
我らの方が上にも関わらず畏敬の念を欠片も表さないなど、なんたる由々しき事態だ。
あの時すべてを滅し、やり直しておけば良かったものを。
抜け殻のように壊れた原初の父は何を思って人間を残した。
不愉快な、なんと不愉快か。今となっては答えを聴くことは不可能。


「何をしている、早くしろ!」
「早くしろ?冗談も休み休み言うことだ。いつ貴様のようなゲスの望みを叶えると申したか」


勘違いをしているようだな、分を弁えろ。
流石に我慢の限界だ。
イライラと頭が痛む。
するしないの選択肢を手に握るのは己だ。
己の行動を決めるのも然り。
ああそうだ、少しばかり痛め付けて7日間をやり過ごそうか。
人間の寿命などたかが知れているからな。
ボンヤリと双眼が淡く光を放つ。
青く輝く宇宙のように。

これでは話と違うではないか!
村の長老から聞いた話との違いに人間の男は憤りを感じた。
村に伝わる話では千年に一度、7日間のみ活動をするらしい目の前で自分を見下す星の申し子に願いを叶えてもらったと言うではないか!
家族を捨て、申し子の繭を人を殺めてようやく手に入れたというのに、何故なぜ!
ここまでの苦労が報われるためにも相応の報酬が必要というものだろう!

己の愚かさに気づくことのない人間。
如何なる理由があろうとも、殺生は行ってはならない。
簡単なことすらわからぬような輩の手助けをなぜしなくてはならない。
幼子ですら容易に理解が出来るというのに。

悔しく醜く顔を歪める男の濁った眼に淡く光る美しい申し子の双眼が映った。そうだ、あれさえ、あれさえ手に入れば!
服の中に忍ばせた刃物を確認する。
僅かずつだが確実に距離を縮めていった。

「ん?」

急に大人しくなった輩の様子に申し子は眉を寄せた。
おかしい、あれほどの執着を見せていたのに、諦められるのか。
腑に落ちなかった。
そして気づく、星の申し子と輩の間に存在していた空間が、狭くなっている?
何かを隠すようなその動作はなんだ。

悟った、だが遅い。


「これで俺があああ!!」


グチュリ、嫌な音が右目から発せられた。
身体がもげる、死にそうなほど辛い。
ぶちぶちと何かが切れる音が小さく鳴る。


「あ゛、あああああ゛あ゛あ゛!!」


空気を引き裂く断末魔が木霊する。
痛みに狂う申し子を見ながら気味悪い笑みを浮かべる輩の手のひらに握られているのは、眼球。
確かにそれは、つい先ほどまで申し子の右目にあったもの。
輩はわかっていた、魔力を宿すのは申し子自身ではない、二つの眼に在るのだと。
これで全てが叶う!
ああこれほどの至福はこの先味わえないだろう!

苦しむ申し子をその場に放置し、意気揚々と立ち去る輩に申し子は今可能な精一杯の呪いをぶつける。
今効果が出ずとも、未来で必ずあの輩は滅亡の一途をたどる。


「あ゛、う゛あ゛!」

「やあ、ずいぶんの苦しみようだ」


ふわり、音もなくその場に舞い降りたのは全ての母。
嘲るような笑みを申し子に向け、愉快そうな雰囲気を纏う。
なんと奴が憎いことか。
耐え難い激痛に身体を戦慄かせながら片方が失われた瞳を鋭く細める。
憎悪を、恨みを、全てを初代なる命へ闇雲にぶつけてしまいたい。

一向に収まる気配のない、己へと向けられる憎悪に内心ため息をひとつ零す。
面倒だと、思った。
手のひらを申し子へ向け、意識を集中させる。
途端変化を見せる辺りは何かとてつもなく強大な力の呼応を受けているようで。
その力を見せているのは全ての母だ。
ついに、消されるか。
苦々しく口の端を歪めながらぼんやりと申し子は思った。
その力を今弱り果てている身に受けたら一堪りも無いだろう。存在が無へと還される、はずだ。

すぐにでも訪れるであろう己の死期を、瞼を下ろしながら待つ。
一つ眼球が無いのが思いの外違和感を感じる。
いや、それもすぐに消えてしまうだろう。

だが申し子の予想は外れていた。
死ぬどころか抉られた眼が元はあったはずの穴の痛みが消えている。
身を引き裂くようなあの壮絶な痛みがこれほどあっさりいなくなるとは。
感謝をするべきなのか否か残念ながら申し子には見当がつかない。


「ほら、これで隠して」


星の申し子に向かって宙に放り投げられたのは眼帯。
黒い造りのいたって当たり前のもの。
隠せというのは右目があったはずの穴か。
確かに見られて気持ちの良いものではないことはすぐにわかる。
渋々ながら眼帯をつけた申し子の顎に、母の指がかかる。
無理矢理上を向かされれば、嫌でも交差する視線。
頼りなさげな姿からは想像もつかない威圧感に、恐れを申し子はいだく。

「せっかく永い時の合間に目覚めたというのに」


なんたる散々な目に我が子はあうのか。
心配しているかのように見せる言葉に騙されてはならない。
よく、聴くんだ。
声の高さ抑揚、見通すことのできない何かを。

痛みはないが異様な感覚に侵食される右目を気にしつつ全ての母を睨み付ける。

あ、れは、なんだ。
青く終わり見えない瞳に一瞬翳った影は。
瞬きする間もなく、影はまるで元からなかったかのように綺麗に跡を消す。
見間違いだったのか、今となっては確かめる術はわからない。

「君は何度同じ苦しみを屈辱を味わえば良いのだろうね」

「そ、れは……っ!逃げ!?」


逃げるのか。
言葉を紡ぎ終える前に全ての母は姿を消す。
残るのは星の申し子、そして荒れる風のみだ。
ギリッと歯を食い縛る。
この惨めさはなんだ、まさか母の言葉を真に受けてるのではあるまいな。
否定をしよう、かぶりを振りたくとも出来ずにそれが真実だと受け入れようとする己がいた。
憎い、憎い憎い!
何もかも、世界も能力も母も、人間が。

やつらさえいなければこんな屈辱を味わずにすんだのだ。
やつらさえいなければ万事解決じゃないか。

ああなんだ、世界とはこんなにも簡単だ。


「は、はは、ハハハハハ!」


何が可笑しいのか申し子は笑う。
狂ったかのように、ただ、笑う。

次会うときが君たちの最後なんだよ。
支配するのは、憎しみ。
支配されるのは、星の申し子。
最後に見えた夜空はいつもより星の数が少なかった。



ネバーネバーエンディング



おやすみこの悪夢は、いつまでもつづくんだ。






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