鬼囃子
5
わいわいがやがや、ざわめく喧騒。
流れる人の波に乗って、道を歩く。
ここは商店街。俺たちが通っている学校から、公園同様あまり離れていない。
道の端にはショーウィンドウが並ぶ。店それぞれで展示しているものが違うから、見ているだけで面白い。
この商店街に来るまでに、今回呼び出された訳をもう一度、説明された。
どうやら鬼破者が実際に鬼退治しているところを見せるつもりらしい。そうしたら鬼破者に興味が湧くのではないかと、彼女はのたまった。
一度了承した手前、今更断るなんてできるわけがなく。
先日のように彼女が剣をふるうところを見ていなければならないらしい。
だけれどここで拒絶して意地になられても困る。一度も見ていないのだからって、しつこく付きまとわれるのもあっさり想像できた。
周りをゆっくり見回しながら東藤は歩く。その二歩ほど後ろを、俺がついて歩く。
日曜日ということも相まって、商店街には大勢の人がいた。家族だったり友人同士だったり、恋人のように見える男女までいる。
なんだか、とても微笑ましく感じた。これだけたくさんの人が今日この日の同じ時間帯に、同じ場所にいる、たったそれだけでもものすごい確率だと思う。
そう考えたら不思議で複雑な、だけれど単純な気持ちになる。
「すいません、先輩。今、いいですか?」
未だにきょろきょろとあたりを見回している東藤に声をかける。
すぐに、どうしたのかと返事がきた。
「鬼ってどんな存在なんですか」
「いちゃいけない存在だよ」
「それ以外になにか、ないのでしょうか」
「――と、言うと?」
なんと言えば伝わるだろうか。
俺が口を閉じたため、沈黙が流れる。
言葉を間違えないように、一言一言、選んで声に出す。
急に、周りの喧騒が遠のきだした。俺と東藤と、世界に二人しかいない。そんな錯覚を覚えてしまうほど、耳に音が届かなくなる。
「俺なりに、鬼について調べてみたんです。先輩が言う鬼って、なにになるのかな、って」
「うーん。私もあまり詳しくないんだけれど――」
「とりあえず話すので、聞いてくれますか」
分かったと、東藤から了承の返事がくる。
俺は服のポケットに手を突っ込んだ。
先日、目の前で殺された男性のタイピンに触れた。
何故か、このピンだけは男性が消えてもその場に残っていた。黒い粒子に、ならなかったのだ。
冷たい石の温度を指先で感じながら、また、言葉を探し始める。
「日本民俗学に出てくる鬼が最古の形としてあげられていて、仏教系や神道系、修験道系でそれぞれ鬼の形は違うそうです。盗賊や人殺しとか罪を犯した人が、死後自ら鬼になることもあったらしくて、その場合前にあげた鬼とはまた違う種類に分類されるんですって。あとは……ああ、そうだ。恨みつらみ、雪辱や憤怒。そういう負の感情をエネルギーにして、復讐をするために鬼になることを選ぶ人もいたとか。中国では、鬼は死者の魂が帰ってきた形としているらしいんです」
「すごい……。よくそこまで調べたね」
「まあ、それなりに努力はしました。大切なことだったし」
すごい、えらいと言い続ける東藤に、居心地の悪さを感じてしまう。
実際は学校の司書さんが教えてくれた受け売りが大半だ。
神話やら伝承やら、いろいろな話を聞かせてくれる先生で、面白半分で質問したものをたまたま覚えていただけに過ぎない。
と、突然東藤の言葉が途切れた。そして目の前にあったはずの背中がどんどん遠ざかっていく。
周りの人をするすると避け、彼女はどんどん進んでいく。
いきなりのことで俺は動けず、その場に突っ立って、彼女の背中を見送ってしまう。
我に返って慌てて追いかけるが、結構な距離が開いてしまった。
東藤が向かった先には、アパレルショップのショーウィンドウに張り付く一人の少女。十二、三ほどの少女だ。その子の視線の先には、淡い春色のワンピースがある。
まさか。背中にじっとりと嫌な汗が浮かぶ。
走りながら、東藤は背中に手を回し、なにかを取り出した。
短剣だ。あの、異様に波打った銀の刀身の、短剣。
今はじめて、その短剣の存在に気がついた。彼女は手荷物すら持っていなかったというのに、一体今までどこにしまってあったのか。
東藤はためらいもなく、ショーウィンドウに張り付いている少女に、短剣を突き刺した。
そこは丁度、心臓の、真上のあたり。
周辺にぱっと広がる黒。インクがあちこちに飛び散って、あたりを汚していく。
それを東藤は全身に浴びていた。
響き渡る、高く、悲痛な叫び声。
身体がこわばる。耳を塞ぎたい。目をそらしたい。
でも、体が動かない。息が苦しい、喉が渇く、自然と涙が、目の淵にたまる。
気がつけば少女が黒い粒になって、空に昇って消え出した。
今度は東藤がショーウィンドウに張り付いた。
それはまるで、さっきまでいた少女の真似をしているようだ。
「石槻くん、このワンピースかわいいよ!」
ああ、そうか。さっきの少女は鬼だったんだ。
そうですね。かすれた声で東藤に返事をする。
少女の死を知っているのは東藤と、俺だけ。
少女が死んだと思っているのは、俺ただ一人。
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