うさぎは空を飛べない

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鬼囃子

4


 水が流れ落ちる音。それは公園の真ん中にある噴水から響いている。
 噴水の中心には銀の柱の時計塔が立っており、時計の長い針が十二を指したとき、音楽とともに水が吹き出す仕組みのようだ。
 ここに座ってから、二回ほど水が出てくるのを見た。
 ちょうど今、噴出し始めた水を、そばにあるベンチの背もたれに寄りかかりながら、俺はぼんやりと見ていた。
 本日俺は、学校付近の大きな公園に来ていた。
 広葉樹が青々とした葉を広げ、木漏れ日を作り出している。
 木陰や噴水が涼しく感じるからだろう、人もそれなりに集まっているようだ。
 何故、貴重な日曜日を潰してまで俺はここにいるのか。
 簡単だ。金曜の放課後にすごく大事な用があるから来てほしいと、東藤から呼び出されたため、今日会う約束をして待ち合わせ場所である公園でのんびりと待機しているわけだ。
 一人でぼーっと座っていても、人の視線を感じることはない。
 どうやら公園の空気と馴染んでいるらしい。あるいは周りの人が自分のことでいっぱいだからこちらに関心をよこさないだけかもしれない。
 日差しが強い。
 暑い。だけれど日陰に移動するのも億劫で、ただただ、噴水の真ん中にそびえる銀の柱を見つめていた。
 足音を耳がとらえた。
 速い。弾んでいる。どうやらこちらに向かってきているらしい。
 荒い息遣いが聞こえたと思ったら、揺れ動く黒の髪が見えた。
 東藤だ。俺を呼び出した本人が息を切らし走りながら、こちらに向かってきている。
 彼女はすぐにベンチのところにやってきた。
 膝に手をおきあがった息を整えようと、何度も呼吸を繰り返している。
「ゴメンネ、遅れちゃって」
 そう言われて初めて気がつく。どうやら東藤は遅刻をしたらしい。
 彼女が言うまで気付かなかった。
 正直なことを言えば、約束の時間など全く覚えていなかったため、彼女が遅れただのなんだので気に病む必要はないのだけれど。
「大丈夫ですよ。俺もそんなに待ってないし」
 というか、時間に遅れていたことすら気づいていませんでしたから。
 その言葉は飲み込んだ。
 困ったように東藤は笑う。そしてもう一度だけ、ゴメンネと呟いた。
 謝って欲しいわけじゃないんだけれど。反応に困ってしまう。
 東藤の方はまだ息が上がっていた。どうやらかなりの距離を走ってきたらしい。
 黒の髪はハーフアップにされていて、さらさらと後ろ髪が流れている。白のタンクトップに緑のカーディガンを羽織り、白のショートパンツからは同じくらい白い足が伸び、アースカラーのブーツがよく映えている。
 随分と女性らしく可愛らしい格好だ。短剣を振り回しているイメージが強いためか、東藤の服装を少し意外に感じる。
 彼女の呼吸が落ち着くと入れ替わるように、彼女自身の落ち着きがなくなっていく。
 どうしたのかと見ていると、東藤は戸惑うように口を開いた。
「えっと、なにか変かな」
 首を振る。
 おかしいどころかとてもよく似合っていた。なるほど、私服は確かに清楚の言葉がぴったりだと思う。
 首を振るだけの否定では納得がいかないのか、まだ俺の視線が気になるらしい。
 はっきり口にしないとだめなのだろうか。
「似合っていますよ。明るい色もいいですね」
 その言葉に東藤ははにかんだ。なんとなく、目元が赤い気がする。
 どうしたのだろうか。うかがうように目を見れば、彼女と視線がぶつかった。が、すぐにそらされる。
「褒めてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。ありきたりなことしか言えなくてすいません」
「ううん、そんなことないよ! それに今日の目的は君が鬼破者に興味を持ってもらうようにすることだから」
 ほわっとした笑みを浮かべながら、東藤は言った。桜のつぼみが綻んだような、優しい笑みだった。
 笑ってくれるのは嬉しいのだが、そこに鬼破者という単語が入らなければもっと嬉しい気持ちになれただろう。
 ため息を無理やり飲み込んで、ベンチから立ち上がる。
 そこで初めて、東藤との身長差に気がついた。
 俺よりも頭一つぶんくらい低い。
 分かりやすい、男女の差。
 昨日の時点では、体格の差異なんてものに意識がむかなかったらしい。
 やっぱり短剣を持っていても、女子であることは変わらないようだ。
 周りを通り過ぎる人たちの声が、ちらほらと耳に入る。可愛いね、初々しいな、付き合いたてかな、などなど。
 あたりをぐるっと見回しても。それらしい男女は見つけられない。
 はて、一体どこの誰のことを言っているのだろうか。もしかしなくても、俺たちのことだろうか。
「そ、それじゃあ石槻くん、そろそろ行こうか。時間は有限だしね!」
 いきなり手首を捕まれ、ぐいぐいと引っ張られる。力はかなり強い。
 痛い。手首がもげる。それに足がもつれ、転けそうだ。
「あ、え、おい、ちょっと!」
 俺の声も完全に無視して、東藤は公園の入口を目指して進んでいった。

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