うさぎは空を飛べない

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鬼囃子

14


 放課後になってすぐ、俺は荷物をまとめて教室を飛び出した。
 悠が来るのを待っていられなかった。
 階段を駆け下りて急いで格技場へと向かう。
 確か今日は、剣道部が格技場を使う日のはずだ。つまり、東藤がそこにいる可能性が高い。
 東藤から鬼破者について聞くため、自分の中の疑問を解消するために、足早に目的地へと向かう。
 移動中、遠巻きにではあるが視線を感じて仕方がなかった。
 どうやら、怖い表情をしているみたいだ。自覚はあるのだが、気が急いていちいち気にしてられない。
 一階。体育館の真下。ピロティーから格技場に行ける。
 本日剣道部はここで練習しているようだ。格技場に近づくにつれ、開け放たれている窓から威勢のいい掛け声と竹刀を撃ちあう音がはっきりと聞こえた。
 格技場の扉の前に立ったまま、俺はどうにも動けなかった。
 中からは気迫のこもった声が絶えず聞こえてくる。
 その声に威圧されて、緊張してしまっているようだ。
 深呼吸をひとつする。どうやら、こういった武道の空気は苦手なようだ。若干震える手で扉に触れ、そっと開ける。
 途端、掛け声や打ち合う音が身近に迫ってくる。
 入り口から見て右側では、剣道の試合をしているようだ。ちょうど小さい選手が自分より大きな相手の面を打ち抜き、すれ違っている場面だった。
 ばしんと、いい音がここまで聞こえてくる。
 左側では素振りであったり、素足の練習であったり、打ち込むときの型の練習であったりをしている。どうやら基礎の確認らしい。
 落ち着いてあたりを見回して東藤を探すが、それらしい姿が見えない。
 誰かに声をかけて尋ねようにも、皆集中しているようで俺がきたことに気づいているのかどうか、怪しかった。
 入口付近で困り、どうしようかと悩んでいると、背後から軽めの足音が聞こえてきた。

「石槻くん、どうしたの? 君がここに来るなんて珍しいね」

 振り返ると、そこには制服姿の東藤がいた。
 どうやらまだ部活に参加していなかったらしい。タイミングがいいのか悪いのか。
「あなたに話があります」

「――ここじゃ話せない内容?」

 頷く。
 ふんわりと笑ってから、分かったと彼女は了承の返事をした。
 東藤は丁度近くを通りかかった一人の部員を捕まえて、二言三言声をかける。それから格技場の入り口に荷物を置くと、行こうかと笑顔を向けられる。
 頷き、彼女の誘導にしたがっておとなしく後をついていく。
 ついた場所は中庭だった。
 いつだか彼女から新しく現れた少年の鬼について話を聞いた場所である。
 東藤と並んで座ったベンチが、視界に入る。
 茂ってた若葉の色も、記憶よりも青くなっているように思えた。

「で、話ってなにかな」

 前を歩いていた東藤が突然振り返り、尋ねてくる。髪が大きく広がって、彼女の肩に自然と収まった。
 俺の返事を待たずに、彼女は近くにあった――黒い弁当を広げていたあのベンチに腰掛けて、こちらを見上げてきた。
 体をきちんとそちらに向けてから、東藤と向き合うような姿勢にしてから、俺は口を開く。

「鬼破者について聞きたいことがありまして」
「初めてだ。君が自分からそういう話をだしてきたの」

 くすくすと、控えめに彼女は笑った。桜が咲くような柔らかい笑みだ。
 いたずらっぽい笑い方からは、感情をはっきりと読み取ることができない。
 ベンチの隣で、大きな白いあじさいが咲いている。前は全く気づかなかった。

「で、鬼破者のなにが聞きたいのかな」
「あなたが鬼破者になった理由を」

 ぴくりと、東藤の笑顔が固まった。外に放置された氷のようにみるみる表情が溶けていく。
 ついに彼女の顔は仮面になった。
 やはりこれは、東藤麗夏にとって地雷だったようだ。
 何故彼女が激しく鬼を憎んでいるのか。
 そこにはなにかしらの理由があるに違いない。でなければ、いつまでも一つの感情を持ち続けるのは無理だろう。
 その思いを忘れないため、鬼破者になったのではなかろうか。
 だけど、これはあくまで俺の推測にすぎない。
 だからこそ、彼女の口から事実を聞きたかった。
 深い深いため息が聞こえた。それと同時に東藤が前髪をかきあげる。立ち上がり、ちらりと俺に視線を流してきた。
 刺さる、刺のような目。それがちくちくと全身に浴びせられる。
 気だるげで攻撃的な雰囲気をまとわせながら、彼女は黙ってこちらを観察してくる。

「君は、私のなにを知りたいの。私にどうしてほしいの。私の中に踏み入って、なにがしたいの」

 坦々とした口調が怖い。足がすくんでしまう。威圧感に潰されそうだ。今にも逃げ出したくて仕方なくなる。
 あじさいの大きな葉から、雫が落ちた。それは地面にたどり着くと、はじけて消えた。
 静かに息を吐きだしてから、まっすぐに東藤と視線を合わせる。
 負けちゃ、いけない。対等でいなければ。

「あなたが何故、そこまで鬼を強く憎んでいるのか、理由を知りたいんです」
「それは好奇心から? なら、怒るよ」
「まさか。俺自身のためですよ」

 ぎゅっと、強く拳を握る。
 緊張のせいか威圧感のせいか、手足がしびれて仕方ない。震えるし膝から崩れそうだ。
 負けるな、しっかりしろ。自分の足で立つんだ。

「俺はどうしても鬼がそこまで悪いものだとは思えない。初めて会った鬼が英だったからでしょう。じゃあ、先輩はどうしてそこまで、鬼を憎んでいるのか。最初に会った鬼にひどいことされたからなんじゃないかと思ったんです。だから、復讐のために鬼破者になったんじゃないんですか」
「なんで、そうだと?」
「鬼はいちゃいけないって明言していたから。――でも」

 乾く唇を一度湿らせて、震えそうになる喉を支えなおす。

「ただの推測です。だからあなたの口から聞きたい」

 彼女はわざとらしくため息を吐いた。威嚇されているようだ。
 学校の敷地外からだろう、「えい、おー! えい、おー!」と威勢のいい掛け声が聞こえてくる。恐らくうちの運動部だろう。
 その声はばたばたと遠ざかり。また沈黙を呼び戻す。
 腕を組み、片足重心で首を傾げながらこちらを見てくる彼女は、まるで俺を品定めしているようだった。
 これは悪いものだろうか、話すに値するだろうかと、淡々と値踏みをされているようだ。
 心臓が痛い。先ほどの予想が大外れだったらどうしようと、不安が募ってくる。

「友人はもう二度と、歩けない足にされた」

 唐突に開かれた彼女の口。
 その口から、色が見えない言葉と口調と声が、溢れてくる。
 俺はただ黙って話を聞いていた。黙るしかなかった。
 口を挟む余裕など、どこにもありはしなかった。

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