うさぎは空を飛べない

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鬼囃子

11


 制服デートもとい、鬼退治のために俺たちは商店街に来ていた。
 アクセサリーや楽器、CDなどが店先に並び、それを見て回るのは同じ学校の制服たち。同性の集まりだったり、異性の二人組だったり、組み合わせは様々だ。
 俺の三歩ほど前を歩く、東藤の後ろ姿をぼんやり見ながら、声をかける。

「今日も、ここへ?」

 前回もここに来ていた気がするけれど。
 そう伝えばはっきりと、彼女は頷いた。

「人間の物欲ってすごいよね」

 その一言で、ここに来る訳を理解する。
 確かにたくさんの鬼が集まっていそうな場所だ。
 東藤はすでに髪を上げ、その手の中には波打った短剣が握られていた。戦闘準備は完璧のようだ。
 周りをきょろきょろと見回す彼女はまるで、獲物を狙うハンターに見える。
 いや、違う。
 ハンターそのものだ。今日も握られた剣で、鬼を斬りつけるのだろう。
 東藤に出会ってから、ため息の数が格段に増えた。
 自覚していても、少なくなるわけでもなくて。
 周りに並んでいる商品に目を奪われている間に、東藤の背中はだいぶ先に進んでいた。
 どうやら注意が散漫になっていたようだ。彼女とはぐれてしまう。
 駆け足で東藤の背中を追いかける。
 と、その途中、見慣れた姿とすれ違ったような気がした。
 足を止め、周りを見回す。
 道の中心に立っている、独りの少年の姿を見つけた。
 手足は枝のように細く、肌も病的なまでに白い。だけど瞳は太陽のように華のように力強く、今を精一杯生きているのだと感じさせるなにかを宿している。アンバランスな印象。
 そんなやつ、俺は一人しか知らない。
 英だ。
 彼は歩いて行く人にぶつかりあっちへふらふら、こっちにふらふらしていた。
 危なかっしくて見ていられない。
 一体どうしたのだろう。公園でいつも見ている彼と比べて、なにか、纏う空気がおかしかった。

「どうしたの? 鬼がいたのかな」

 気がつけば東藤が隣に並んでいた。
 後ろに俺がいないことに気づき、戻ってきたのだろう。
 英のことを話そうとして、口をつぐむ。
 以前東藤から聞いた鬼の話を思い出した。英はその鬼と特徴がよくかぶる。鬼破者の彼女に話して、英を鬼と勘違いされたら?
 手が自然と、左耳の裏を触っていた。

「あっちに……そう、あっちに親戚がいたんです。挨拶してきてもいいですかね」
「ああ、そうなんだ。だったら今日の鬼退治は終わりにしようか。ゆっくり話したいだろうし」

 今日の、という言葉に引っかかりを覚えたが短くお礼と別れを告げ、英の元へ向かう。
 東藤と話している間に、英は人に流されて押されて、ずっと先に行ってしまっていた。
 見え隠れする英の頭を目印にして、行き交う人を縫うように進む。
 距離は少しずつ縮まり、とあるコーヒーショップの前で英の隣に並ぶことができた。
 彼はどこか、虚ろだった。
 一番初めに感じた危うさとは違う、決定的ななにかを零してしまったような空洞を感じた。
 顔に表情はなく、視線はどこに向けられているのかも分からない。行き交う人にぶつかってはよろけ、後ろを通っていた人にもぶつかってよろけ、今にも倒れてしまいそうで、心配で仕方ない。
 英の前に立ち、しゃがむ。
 それからまた人にぶつかって流されることのないように、彼の肩に両手を乗せ、固定した。
 細く、固い感触。
 力加減を間違えれば砕いてしまいそうで、恐ろしくなった。

「こんにちは、英。公園以外で会うのは初めてだな」

 返事はない。英は俺を通り越してぼんやりと遠くを見つめている。
 首をひねり、背後を見やった。
 そこには一組の男女と、楽しそうに笑っている少年の姿があった。
 どうやら親子のようだ。子どもを間に挟んで手をつなぎ、笑顔で会話をしながら歩いている。
 そんなに凝視してどうしたのだろう。今くらいの時間なら、家族で買い物など珍しくないと思うのだが。
 視線を英に戻したとき、ぎょっとした。どうすればいいのかわからなくなった。
 英は、泣いていた。ただ瞳から涙を流し、じーっとあの家族を見ている。
 だけどその涙から感情を読み取ることはできない。涙が不自然に見えるほど、のっぺりとした表情だった。
 もしかしたら英も、自分が泣いていることに気づいていないのかもしれない。
 なにか、なにか声をかけなければ。
 そう思うのに、喉が張り付いてしまったように乾いて仕方がない。

「英、どうした。なにかあったのなら、聞くぞ」

 やっと出した言葉すらも、多分今の彼には届かない。
 わずかに手に力を込める。細い英の肩の形がはっきりと伝わる。
 胸の奥がつきりと、痛んだ。
 周りから、刺さるような視線が投げられていることに、俺はやっと気がついた。
 道の真中でしゃがみこんでいる俺に投げられる、様々な視線。
 不思議そうなもの、迷惑そうなもの、困っているもの、笑っているもの――。
 本当にたくさんの視線が投げられる。
 確かに商店街で泣いている少年と一緒にしゃがんでいれば、嫌でも目立つか。
 一人納得して立ち上がった。

「移動しようか。いつもの公園に、行こう?」

 返事はない。恐らく俺の声など聞いていないし、聞こえていないのだろうと思う。
 英の小さな手をとり、握る。
 冷たい。氷のようだ。
 ゆっくりと歩き出す。俺に引っ張られるように英も歩き出した
 。よたよたと危なっかしい足取りだが、手をつないでいる限りこけることはないだろう。
 振り返り、英がついてきているのを確認したとき、視界の隅に見慣れた黒の波と、銀の輝きを見た気がした。
 とても、嫌な予感がする。

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