鬼囃子
9
住宅街を歩いて行く。足音が周りに響いて、俺の耳に戻ってくる。
小さい子供の笑い声。犬がどこかで吠えている。街路樹がつくる木漏れ日が、風に揺らめいてきらきらと輝く。
前回となにひとつ変わらない穏やかな風景に、自然と心が落ち着いた。
隣に悠はいない。一人、コンクリートでできた道を歩いて行く。
彼と別れるまで時間がかかった。思い出してため息がもれる。
ホームルームが終わった直後、いつものように悠が一緒に帰ろうともちかけてきた。
どうやら真っ直ぐ俺のところにやってきたようだった。
他のクラスメイトは廊下に流れ出ていく。
頷きかけて、とまる。それから荷物を詰めたカバンのチャックを閉め、立ち上がった。
「悪い。先約があるんだ」
「そっかそっか。麗夏先輩と仲良くな」
「なんでここであの人が出てくるんだよ、違うからな」
「照れなくていいってー。友人として、応援するぞ!」
「なんの応援だよ。それから照れてない。変な想像すんなよな」
「えー? 嘘つかなくてもいいんだぞー?」
「……これ以上遅くなったらまずいから、そろそろ行くぞ」
にやにや手を振りながら、大きな声でお幸せにと繰り返し悠は言う。
階段まで追いかけてくるその声量に、うんざいりしたことまで思い出し意識が戻ってきた。
住宅街もだいぶ歩き、もう、あの小さな公園のすぐ近くまで来ていた。この角を右に曲がれば公園の入口が見えてくるはずだ。
早足で角を曲がり、公園を覗いてみる。
やはりそこには英がいた。うつむき、一人寂しそうにブランコに腰掛けている。
小さく彼の名前を呼べば、英は弾かれたように顔をあげ、笑顔を見せた。それからブランコから乱暴に飛び降り、まっすぐこちらに駆け寄ってくる。
しゃがんで、やってきた英を受け止めれば、心の何処かから、会ったばかりの相手になにをしているんだろうと、冷めた声が聞こえた気がした。
「キミ兄ちゃんおかえりー!」
「ここは俺の家じゃないぞ」
「それでもおかえりー!」
俺の首に腕を回し、精一杯抱きついてくる英。
こちらも、少しだけ力を加え、彼を抱きしめ返す。
そのとき、二の腕あたりに英の肋骨が当たった。
浮き出て、形がしっかり分かる。力の加減を間違えれば、ぽっきりと折ってしまいそうだ。
何故か、心臓のずっと奥の方が痛んだ。
「ねえねえ、遊ぼう?」
「ああ、もちろん。英はなにして遊びたい?」
驚いたように腕の中で目を見開く英。
だが、その表情も一瞬で消え去った。それからガラスの笑顔を浮かべる。触れればあっという間に砕け散りそうな、そんな笑み。
「じゃね、鬼ごっこがいいな。ボクが子をやるから」
「子?」
「にげるの。だから、キミ兄ちゃんがおに」
「分かったよ。じゃあ、今から十数えるから」
するりと俺から離れ走りだした彼は、風の様に速かった。
今日、東藤から聞いた話が頭をよぎる。痩せて足の速い少年の鬼が、この近くによく出るようになった、と。
今の鬼は、俺だ。
数を数えきり、立ち上がって英を追いかける。
今の鬼は、俺だけのはずだ。
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