うさぎは空を飛べない

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Promise

「その剣で、誰を斬ってきた? 部外者か、町の奴らか」 【後編】


 夜の海というのは、どうしてこうも不気味なのだろうか。海岸線に集まった町の人々は、不安そうに夜の闇に染まった波を眺めていた。押しては返す波の音が、耳の奥で響き、どこか別の場所に連れて行かれそうだ。
 人々は灯りをつけることなく、砂浜に身を寄せ合っていた。誰も、火を灯そうとしない。それもそうだろう。誰が好き好んで灯りを、火を身近に置こうと思うのか。
 身を寄せ合い、無事を讃え合い、今この場所にいない者の安否を思い、そして静かに過ごすのみ。自警団に属するものだけが帯剣をし、辺りを警戒していた。

「ああ、明日は成人式だったのに……」

 誰かがつぶやいた。それは波の音に乗っかって、人々の間に広がっていく。

「明日は成人式だったのに」
「きっと、桜が綺麗な式になるはずだったのに」
「彼も楽しみだったろうに」
「なんでこんなことになったんだ」
「なんでこんなことになったんだ」
「なんでこの町だったんだ」
「どうして今日だったんだ」
「せめて、式が終わってから」
「ずっと平和に過ごせればよかったのに」

 言葉はさざなみのように広がって、消えることなく大きく響く。
 ひときわ大きな風が吹く。昼間は桜の花びらを運んだその風も、今は火の粉ばかりを連れてくる。小さなその熱にすら、町の者はみな大いに怯えた。仕方がないといえばいいのか、当たり前といえばいいのか。
 自警団に所属する、一人の男は大きなため息をついた。
 彼は剣舞にて魔王役をしている男だ。その証と言わんばかりに、太く大きな剣が彼の背中に吊るされていた。その男は落ち着かなさげにその場をウロウロと歩きまわると、嘆息とともに腰を下ろした。
 探している人物が、どうしても見つけられないのだ。自然とうつむくように、白い砂たちを見てしまう。

「ヴィンセントは、どこにいるんだ」

 声に出すと、彼がいないことを認めたように感じられ、胸の中がムカムカしてくる。あの青年の姿がない。火事に巻き込まれ動けなくなったか、それともまた別の要因があり、ここに来ないのか。どちらにしても、彼がここに来れない事態に巻き込まれていることは明白だ。迎えに行くべきだろうか。

「いや、あいつもそこまで子供じゃねぇ」

 ヴィンセントの腕ならば、火を放った犯人と鉢合わせたとしても切り抜けることは出来るだろう。なんたって、この町の誰よりも剣術に優れているのだから。言い聞かせるように呟いても、心配でならなかった。
 男は大きく息を吐きだすと、勢いをつけて立ち上がる。
 頭上に輝く三日月は、猫が笑っているような細いもので今にも折れてしまいそうだ。星明りも殆ど見えない。町の中で燃え盛る火は、バチバチと爆ぜ、なにかが燃える生臭い匂いを風が運んでくる。その匂いのせいなのか、激しく踊る炎の音のせいなのか分からないが、男の心中に、言いようのない不安が広がり始めた。まるで、今日が最後の日だと、告げられているようで。
 男は盛大に首を振り、馬鹿馬鹿しいと自嘲気味に笑った。諦めた時点で明日など見えなくなるものだ。背中に吊るしてあった剣を手に取り、軽く振るう。少し、見回りをしよう。住人に危害を加えるものを排除し、また平和で和やかな町に戻すんだ。それが一体どれほどの時間がかかることなのか、男には分からない。分からないが、やるしかない。
 男は近くにいた自警団の仲間に二言三言話し、周りの様子を見てくることを伝える。話を聞いた相手は神妙な顔で頷いた。

「気をつけてくださいね。こっちに逃げるとき、剣で斬られたような傷を持つ死体があったんです」

 痛そうに眉を寄せ、その若者は首に手を当てた。男は静かに頷くと、もう一度炎の海に沈んだ町の方を見る。生きている人間がいるならば、探しださなければ。更に、今の仲間の話からすると部外者がいることが確実になった。ヴィンセントの顔が脳裏にちらつく。彼が、部外者と鉢合わせていないことを祈るしかない。

「ねえ、あの長い髪ってノルマーさんちの子じゃない?」

 どこからか聞こえた囁きに、ばっと町の方を見る。
 そこにはふらふらとした足取りで血塗れた剣を持ったヴィンセントの姿があった。太陽の光を染み込ませた美しい髪は赤黒く汚れ、服もすすが大量についている。

「ヴィー、良かった。無事か」

 男は駆け寄り、演舞の相棒の体に傷がついていないかどうか確認する。擦り傷や細かい
切り傷をいくつか見つけたが、大きな怪我はないようだ。そのことに僅かばかり安堵する。

「部外者が町に来ていたらしい。見ていないか?」

 返事は、ない。ヴィンセントはただうつむき、黙りこくっている。仕方ないことかもしれない。突然街に火が放たれ、たくさんの人が死んだのだから。ここに来るまでに幾人もの死体を見たかもしれない。応える余裕がないとしても、それは当然だ。
 男はヴィンセントの肩を数度軽く叩く。安心させるように、しっかりと。

「ここなら大丈夫だ。近くに火がうつりそうなものもない。大丈夫だ、安心してくれ」

 やはりというか、反応がなかった。
 ここまで来て、男は違和感に気づいた。何故、ヴィンセントの髪が『赤黒く』汚れている? 何故、ヴィンセントの剣が『血濡れて』いる?
 まるで氷を投げ込まれたようだ。背筋がゾクリと、冷えた。

「おい、ヴィー」

 鋭く短く、突き刺すような声が男から放たれる。

「その剣で、誰を斬ってきた? 部外者か、町の奴らか」

 返事はない。その代わりとでも言うべきか、今まで俯いていたヴィンセントが、ゆるゆると顔をあげる。完全に顔が上がりきり、彼の視線と、男の視線が合わさった。そして男は驚愕する。
 ヴィンセントの瞳が、赤い。町を染め上げた炎のように、赤い。彼の元々の色、空を写しこんだような青の色は、どこにもない。

「邪赤眼……!?」

 咄嗟に距離を取り、背中に吊るしていた大剣に手を伸ばす。――否、伸ばそうとしたのだ。
 一閃。光の筋が目の前を通り過ぎた。それと同時に、男の喉から、赤い鮮血が噴水のように吹き上げる。天高く昇った血液は、そのうちに重力に従い地面にベシャリと落ちた。

「…………」

 なんで、お前が。
 そう口にしたはずなのに、男の口から声が上がることはなかった。ヴィンセントは、それをただただ冷めた目で見つめていた。無表情の仮面をかぶり、無感動を装って、ヴィンセントはつぶやく。

「ごめん」

 それは邪赤眼の言葉とは思えないほど、優しさと後悔であふれた声色だった。
 男の首が地面に落ちる。先程まで生きていた人間だとは思えない。ガラス球の瞳はただ黙って、ヴィンセントのことを見上げている。

「ひ、人が殺されたあああ!!」

 どこからか上がった悲鳴。それは伝染するように広がり、海辺はどよめきと恐怖でうめつくされた。
 片手には血塗れた剣が。もう片方には穢れなき剣が握られている。美しい刀身が、キラリと月光にきらめいた。それが演舞のワンシーンだったらどれほど良かったのだろうか。
 ヴィンセントは汚れていない剣を、静かに逆手持ちに切り替える。腰を落とし、構え、真っ直ぐ前を見つめた。
 ごめん。
 つぶやいたのは、邪赤眼か、それともヴィンセントか。

 一方的な虐殺が、始まった。

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