うさぎは空を飛べない

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Promise

ただの真っ暗闇と僅かな戦いの跡


 暗い暗い、湿った洞窟の中。大きく開けたその場所を、乱暴に設置された壁の松明が照らしている。ゆらゆらと淡く頼りなく、闇を照らしている。
 三人の人影は息を切らし肩を上げて、皆一様に緊張した面持ちで武器を構えていた。

「終わった……のか?」

 勇者が言った。彼の澄み切った青空の瞳は警戒心から厳しくなっている。額に浮かんだ汗を肩口で乱暴に拭い、それでも洞窟の中心部から視線を逸らさない。
 勇者の視線の先にあるもの。それは……怪物であった。大きく固く、立てば凄まじい威圧感を放つであろう怪物であった。だが今、その怪物は倒れ伏し、硬い岩肌の地面にその身を投げ出している。

「油断してはいけません」
「私が射止める」

 黒く長い髪を持った射手の少女は、キリキリと弓矢の弦を張り詰めてピタリと、怪物に向けてやじりをむける。射手が手を離した瞬間、矢は吸い込まれるようにその怪物の眉間にぶち当たった。矢を撃たれた怪物は鈍い断末魔を上げると、それきり動かなくなった。

「相変わらず貴殿は容赦がない」
「敵に容赦する必要はない」

 騎士の言葉を、射手はばっさりと切り捨てる。いつものやりとりを聞き、勇者はほんの少しだけ、心の中のなにかが軽くなっていったような気がした。
 勇者は怪物の死体を避け、その奥にある『あるもの』に向かって歩を進める。二人は彼の背中を固唾を飲んで見守っていた。
 松明に照らされ明るいこの空間の中にあっても、その柄は光を吸い込み隠していると思えるほど深い闇の色をしている。そこだけが暗黒に飲み込まれたような、そんな色だ。柄の色を見て、一瞬の躊躇いが勇者の中に生まれる。触れることへの恐怖が、刹那、生まれた。
 自身の気持ちを押し込めて、勇者は思い切りその柄を掴み、引きぬいた。なんの抵抗もなく、岩に突き刺さっていたとは思えないほど簡単に、それは抜ける。
 現れたのは美しく輝く白き刀身。まるで柄とは正反対だ。自らが輝き、この洞窟を照らしているようにすら見える。眩しく輝く美しい刃。

「これが陰影の剣……。本当に美しい」

 後ろに控えていた騎士が、惚けたようにつぶやく。射手はなにも言わない。詰めていた息をそっと吐き出すだけ。勇者自身は握った柄の色と刃の輝きのコントラストに、ただただ見とれていた。

「美しいが、これは武器だ」
「ええ、そうです。私たちが手に入れた、最初の武器」
「邪王に打ち勝つための、道具にすぎない」

 勇者、騎士、射手。それぞれが確認するように声に出す。そうでもしないと、こんな麗美なものを戦いに用いようという気がなくなってしまうのだ。これを、この陰影の剣を、血脂で汚すのはとても愚かしいことのように思えてしまう。

「無用な殺しをしなければいい。違う?」

 確かめるように言われた言葉。勇者も騎士も、それを噛みしめるようにゆっくりと頷いた。
 これは、今勇者たちが行っていることは絶対的に必要なことだ。皆が怯え縮こまっているこの世の中を変えるためには、必ずやらなければならないこと。だから、三人は今ここにいる。
 背後であのでかい怪物は、みるみるうちに小さくなり、最終的には真っ黒な鞘になった。光を吸い込み全てを闇で覆うような色をしている。陰影の剣の柄と、全く同じ色合いだ。
 射手は鞘に近づき手にとった。確かめるようにくるくると回して全体を舐めるように見つめている。あらかた眺めて満足したのか興味をなくしたのか、射手は勇者に向かって、その鞘を投げ渡した。

「多分それ、その剣の鞘」

 勇者の手の中に収まった鞘はやはり真っ黒で、柄と並べて眺めるとそれは全く同じ色であることが分かる。
 慎重な手つきで鞘の中に刀身を収めていく。光り輝く眩しさが、真っ暗闇の中に吸い込まれていった。

「これで邪王と対峙できますね」
「ああ、次は宝玉を探しに行こう」

 三人はそれぞれの顔を見てひとつ頷くと、松明を回収し、洞窟を後にした。
 そこに残ったのが、ただの真っ暗闇と、僅かな戦いの跡のみ。

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