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「俺のこと、分かる?」
思わず、声がかすれた。
「あんた、誰?」
あの眼光だった。知らない者を警戒する、鋭い視線。
なぜか心が震えた。ああ、どうしてだろう。
佐坂医師が言うには、床に頭を打ち付けた瞬間になんらかのショックを受け、記憶の一部が飛んでしまったらしい。
堀が意識を戻してから、片桐高校のメンバーに加え仙石の父、進藤や谷原にも面談の機会があったが、その全員の記憶はあった。ただ、進藤や谷原は出会いのきっかけが思い出せないという。
そして、飛んだ記憶の一部というのが、宮村だった。
「ひとまず、学校生活には支障がないようだから、退院させて明後日ぐらいから登校させようと思うの」
堀家に一度引き返し、百合子がそう話した。それについては宮村と京介も賛成する。
「ねえ、お姉ちゃんどうしたの?」
病院に見舞いに行っている間常に留守番係だった創太は、イマイチ状況が呑み込めていないらしい。
困った顔をした百合子を見て、宮村が口を開く。
「あのね、お姉ちゃん転んで頭を打っちゃってね、俺のこと忘れちゃったんだ。でも、創太とか有菜ちゃんのこととかはちゃんと覚えてるから、いつもどおりお話してあげてね」
自分で話しているのに、どうしても胸が苦しくなる。話す途中から、創太の眼に涙が浮かんだ。
「なんで? なんで、お兄ちゃんのこと忘れちゃったの? そんなの…そんなのっ」
嗚咽がこみ上げ、言葉がとぎれとぎれになる。
宮村は耐えかねて、創太をゆっくりと抱きしめた。
「創太、ありがとう」
「うぐっ…、っぐ…」
そんなのお兄ちゃんがかわいそうだよ、創太はとぎれとぎれの言葉でそう言った。
「おはよー」
堀の登校日だった。いつもどおり制服を着て、いつもどおりの化粧をした堀は、軽快な挨拶をしながら教室に入ってきた。入った瞬間、クラスの女子に囲まれ大丈夫だった? と声をかけられている。
「大丈夫だって、絶対思い出すから」
何も言ってないのにどうしてわかったんだろう、と宮村は心の中でつぶやく。肩に手を乗せながらそう言ったのはトオルだ。
「あ、ありがとうっ」
「付き合ってた、ってことは言ってないの?」
「一応言ってない。でも、いずれは言うことになるかもね」
「大丈夫。付き合い始める前に戻ったと思えばいいんだって。そうすりゃ、堀もお前のこと好きになって、また元通りになるよ」
「あ、ありがとう」
このまま、堀さんが俺のこと思い出さなかったらどうしよう。
俺以外の人と付き合って、キスして、セックスして、結婚して、死ぬのかな。
俺は、堀さんのことしか考えないで、誰にも愛されないで、堀さん以外愛せなくなって死ぬのかな。
もう一度、堀さんの笑う顔が見たいな。
(蓄積した愛を0になんかしたくない)(もう一度言いたい、好きだよって)
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