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すれ違った。
石川くんらの話を聞いていてそうおもった。
記憶をなくしてから、お互いに意識することはなかった。自分が一方的に好き。相手は自分と初対面。
心が削られて、それを直す接着剤もなければ、直す大工もいない。
独り、久しぶりだな。
励ましてくれる人はいる。好きな人もいる。
だけどやっぱり、独り。
○
部屋、片付けなきゃ。
私はそう思い立ち、昔の授業で使ったプリントなどの整理をした。たまに落書きしていたり、写真が入っていたりで懐かしかった。
そういえば。ユキや河野さん、トオルとかも言っていた、宮村のこと。
何枚か出てきた写真の中に宮村の姿はなかった。
ところどころに髪の長い、メガネをかけた男子がいた。まわりはみんな夏服なのに、この子だけ冬服。変なの。
引き出しにはメモ帳や、貰った手紙などが詰まっていた。一気に掴んで引っ張り出すと、一枚のメモ帳が落ちた。
『宮村伊澄』
宮村ってあの宮村?
これ私の字じゃない。女みたいな字だけど。誰が書いたんだろう。
なんだっけ。思い出せない、分かんない。
頭が痛い。
そんな気がした。
○
「京子、ちょっと話があるんだけどいい?」
「いいよー」
百合子は京子をソファに座らせた。
「ずっとね、お医者様の指示で生活が安定するまで、言わないでって言われてたことがあるの。でももうだいぶ安定してきたと思うから、言ってなかったことを言おうと思うの。大丈夫?」
京子は口をぽかんと開き、こくりとうなずいた。
「京子は、頭を打った脳震盪だけが症状じゃないの」
「え、脳に異常とか!?」
「ちょっと近いわねぇ」
京子の顔が一瞬で青ざめた。
「大丈夫。命とか生活にかかわることじゃないから。でもこれからの人生に大きくかかわることだと思うの」
安堵の表情の後に、不安の表情が押し寄せた。
「伊澄くん。宮村伊澄くん、わかるわね?」
「ああ、あのピアスでケーキ屋さんの…」
「京子は、宮村くんのことだけ記憶がないらしいの」
「…はァ?」
腰が抜けた。大人数の友達の中で、宮村だけ。宮村だけおぼえてない。
「で、でも、普通に困ってることはないよ? なんで人生?」
「まあ、それはいずれわかると思うけど…。お友達から聞くほうがいいかもしれないわねぇ」
頭の中がごちゃごちゃだ。宮村だけおぼえてない。それが人生に関わるの? 意味わかんない。
「とにかく困ったことがあれば言いなさいね」
百合子はそれだけ言って、お風呂に入る準備を始めた。
「宮村…」
湿り気のある部屋で自分の声だけだ響く。遠くからはシャワー音が聞こえた。
「わけわかんないし」
思わず携帯を開いた。弘樹、弘樹に相談しよう。
メールソフトを開こうとして、送信ボックスを開いてしまった。
あ、間違った。戻るボタンを押そうとしたところで、画面に映し出された文字に思わず目を張る。
藤原
藤原
藤原
藤原
藤原
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
宮村
スクロールしているのに同じ文字しか表示されない。たまにユキやレミちゃんとかが入るけど。
ほぼ宮村。
「…なんで」
指が震えて、送信メールを開けなかった。
体に力が入らない。
私と宮村はどういう関係だったんだろう。友達? 親戚? 恋人?
考えたくないよ。考えたらきっと、崩れちゃう。
(知りたかった)(知らなくてもよかった)
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