「ちょっとだけ、跡残ってるね」
宮村が私のワイシャツのボタンを開けて、そう言った。あの、雨の日の傷だった。
「うん」
私は小さくうなずいた。鏡を見るたびに、あの日の傷が少しだけうずく。脳裏には宮村のあの時の顔が浮かぶのだ。
「嫌だった?」
宮村は訊いた。
「ううん。これを見るたびにね、思い出すの。あの時の雨の音とか、宮村との会話とか」
「俺も、思い出すよ」
何を? と私は訊いた。
「あの時に、すごく愛しい人が俺の名前を呼んでくれたんだ」
宮村はゆっくりと目を細めた。私も目を細めた。
心臓の上に冷たい手が乗った。
雨の音が窓から聞こえてきた。
(あなたが私に刻んだ、唯一の記憶だから)
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