カット・エンド 3 / 4 しおり ■ 千田真弓 それは年明け早々、突然に起きた事件だった。 何年前になるだろうか。 少なくとも、十何年前のことだ。 正月三が日のあの日、小日向家には、親族総勢三十八人が集まっていた。 偶然か必然か、血縁者全員が揃っていた。 それだけの人数が集まれるだけの敷地と屋敷。 「最初からそこで育ってしまえば、恵まれているかどうかなどわからないよ。俺にとってそれは普通で、ある程度のしあわせはあった。それ以上でも以下でもない」 淡々と、懐かしむでもなく小日向はそう語る。 恵まれている故の葛藤や悩みなどは、特になかったと続けた。 「あの日はやたらと晴れていた。潔い青が、やたらと憎たらしかったのを覚えている」 やはりそこに、懐かしむ様子はなく。 憎悪や後悔も、私には感じられなかった。 「お茶をね、零したんだよ。あれは確か、叔母の肩だったかな」 酷く憤慨していた。 おかしそうに笑って、小日向はこう言った。 「"こんな恰好じゃ帰れないわ"って言ったんだよ。"そうだよなあ"なんて言って、皆笑っていた。了見の狭い奴らだと思った。そんな中で"普通だ"と思って生きてきた自分を恥じた。十八歳でね、若かった」 そんなことで。 そう思ったものの、黙って口を噤む。 私は口論をしたい訳ではない。 小日向幸太という男の内面が知りたいのだ。 「"普通"というものは個々の物差しだ。一般的に定義される"普通"を自分がそうだと思えば、それは"普通"になる」 「"しあわせ"もそうだと?」 「あんたもそうじゃないのか?自分が"しあわせ"だと思えば、誰に言われようとそう思うだろう?」 確かにそれに違いはなかった。 晴れた空に、早起きした朝に、空いている電車に、私はそれにしあわせを感じる。 けれど、雨の降る日に、遅く起きた昼に、混雑した電車に、しあわせを感じる人もいるかもしれない。 「了見の狭い者は視野が狭い。そういった者は、どこかしらで迷惑を掛ける。どこかしらで悪態を吐かれ、巡り巡って俺もそうなる」 「……それが、あなたの"恥"?」 「我が儘だ。尻の青い若造は、そのときそう思ったんだよ」 それが、あの日の夕食前。 その後、夕食という名の宴会が始まり、皆が酔いつぶれた夜中、小日向は犯行に及ぶ。 静かに、確実に、心臓のみを狙って三十八人全員を殺害。 眠りの浅い者には、喉元の声帯を切ってから心臓を狙っていた。 血だまりの中朝焼けを見た後、小日向は自ら出頭。 現場に向かった警察官は、真っ赤に染まった畳に驚愕したと、当時語っていた。 「生きるも死ぬも、殺すも殺されるも、蓋を開けてみれば大した理由はない。俺はあのときそうしただけで、蓋を開けてそう思った。了見が狭かったのは俺だよ」 ただ、淡々と。 小日向はそう語った。 そこに至るまでを調べてみれば、たくさんの抑圧された彼の姿が浮き彫りになった。 進学先の強制、過度な期待、選択肢のない敷かれたレールを走りつづけていた彼に、自由な未来などなかった。 あの事件がなければ、名家の娘でも娶り、端から見ればしあわせな現在を送っていたことだろう。 生きることに理由はない。 死ぬことに理由はない。 殺すこと、殺されることに理由はない。 ただ、それだけだ。 彼は笑って、もう一度そう言った。 |