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しおり

 ■ 小日向幸太
 
最近の独房は快適だ。
何十年とここにいるけれど、今更ながらに、そんなことを思った。
ここは天国でも地獄でもないが、衣食住の保証がなされている。
税金の無駄遣いだと自分でも思う。
しょっちゅうデモが起こったりするのも、頷けるものだ。

「……で、あんたは何を聞きたい?」

のんびりと独房で寝そべっていれば、看守が俺に面会者だと言う。
珍しいものだと来てみれば、それは見知らぬ若い女だった。
千田真弓ちだまゆみと名乗ったこの女は、ノンフィクション作家だと告げた。

「面会までに骨が折れたのよ」

潔いまでのショートカットの頭を掻いて、千田はくすりと笑った。

「死刑囚だからな。余計なことを吹き込まれて暴れられたら堪らないんだろう」

それこそ税金の無駄遣いが延長される。
死刑が決まっても、すぐに執行される訳ではない。
それでも、俺の命はもうすぐ期限が来るけれど。

「……あなたの事件は知っているわ。血縁者を全て殺害。年明け早々に起こった事件だったから、ものすごい騒ぎになったもの」

そうだったろうか。
騒ぎにはなったろうが、すぐ捕まった俺にはものすごいものだったかはわからない。
そもそも、どの程度がものすごいのかさえ、初めてのことだったので、検討さえつかなかった。

「"何故か"。それが聞きたくて」
「本にでもするか?」
「それが仕事よ」

無駄のない言葉に、知らず笑みを浮かべた。

「生きることに理由はない。死ぬことに理由はない。殺すこと、殺されることに理由はない。ただ、それだけだ」

薄いプラスチックの向こう側に、俺は淡々と、あの日を語り出した。

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