オレの部屋の隣人は悪趣味だ。だと思うじゃなく、断言して悪趣味だ。いつもいつも、とんだ贈り物を強制的に送り付けて、または無理矢理押し付けて、そうして自己満足に気持ち悪い笑みを浮かべている。 「勘弁してくれませんか」 「受け取って欲しいだけだよ」 「だからそれが嫌だって話をしてんですよ」 「嫌だなんて案外天邪鬼なんだね、君」 「いやいやいやいや」 チャイムが鳴ったと思ったらこれだ。オレが開けるより先に、勝手に蹴破って侵入してきた。 「チャイム鳴らしてる意味ないですよ」 「そろそろいいかと思って」 「いやいや、よかないですから」 この攻防戦も毎度のことだ。ドアを開けなければいいのだろうが、円滑な近所付き合いは疎かに出来ない。 「だってさ、ときどき物音したりするし、こっちとしては気になるじゃない」 「生活音くらいしますよ」 「連れ込んだりしてない?」 「……オレの自由です」 「じゃあ、こっちも自由にしよう。さあ、受け取って」 本人は爽やかに笑ってるつもりだろうが、気持ち悪いもんは気持ち悪い。 本人だけの話じゃない。持ってくる贈り物がすでに、人に贈る物じゃない。というか、もういろいろおかしいだろ。 「……なんですか、これ」 ぐいぐいと押し付けられた瓶を眺めて、毎度のことながら眉間に皺が寄る。 「ホルマリン漬け」 「……なんの?」 「牛の目玉だよ。ほら、すごい綺麗だろ?」 「いや、だろ?って言われても」 いらないし気持ち悪い。こんな物贈り付けられて、いや、押し付けられて誰が喜ぶんだ。 最初はただの牛タンだった。それは引っ越してきたばかりで、隣人の厚意だろうとおいしくいただいた。それからというもの、豚足に移行した辺りからがおかしかった。豚足は食ったが。 「好意だよ」 にやりと笑ってオレの手に自分の手を重ねる隣人。 「厚意ですか」 「違うよ、好意だって」 「オレ、ノーマルなんですけど」 「だからなに、関係ないよ」 またも気持ち悪い笑みを浮かべた隣人は男。偏見云々以前に、人の話を全く聞かない。ああやっぱり、悪趣味だ。 「ようやく帰ったか」 閉めたドアに背を預け、ふうと一息吐く。結局受け取らされたホルマリン漬けの目玉が、きょろりとこちらを向いていた。 「見るなよ」 口を突いた溜め息はさっきより深く、眉間に寄った皺をぐりぐりと揉みほぐした。こんな顔は見せられない。たぶん彼女は、さっきの会話でより不安になっているはずだ。 厳重に鍵を掛け、リビングの奥の寝室を開ける。目が合った彼女は、やはり、不安げに視線を揺らめかせていた。 「壁が薄いみたいだ。もう少し静かにしないとな」 呆れた様に笑ってホルマリン漬けをゴミ箱に捨てる。彼女の猿轡から、「ひっ」と小さく声が漏れた。 初出_2009 改稿_20120317 悪趣味な隣人 © 楽観的木曜日の女 |