一つ何かを手にしたなら、一つ何かを失くしていく。 哀しいかな、人とはそんなものだ。 そういうわたしも、今日、一つ歳を重ねた。 三十路という様々な事柄において分岐点に立ったわたしは、さて、これから何を手にするのだろうか。 少なくとも、一つ何かが失われたことは言うまでもないが。 「いい加減、この悪趣味もやめなければ」 そうは零しながらも、きっとわたしは薄く笑んでいることだろう。 ぷつ、と細い針を柔らかな肢体に刺したなら、鮮やかさを残す四枚の翅が、ぴくりと震えたように思えた。 鮮やかな青を湛えたそこに、小さく浮かぶ黒い斑点。 黒い肢体は未だ生々しく、まさに、磔と呼ぶに相応しい様相だ。 「綺麗だ、けれど」 ふと、目を細める。 いつの間にか始まった採集は、これで十体目を記録した。 いつも選ぶのは、青。 この儀式のために、飼育まで始めてしまったほどだ。 「悪趣味だよ」 わかってはいるのに、やめることが出来ない。 様々な色合いがある中、何故、青ばかりを選んでしまうのか。 これもまた、本当はわかっていた。 何かを手にしたなら、何かを失くしていく。 わたしにとって手にしたものはここにある標本であり、また、失くしたものも、標本を彩る鮮やかな青なのだ。 そうして静かに歳を重ねて、少しずつ、何かに蓋をしていく。 「明日はせめて、晴れたならいいな」 細やかなる願いと、失くしていった青を重ねて。 _20101016 青の標本 © 楽観的木曜日の女 |