▽ホイップクリームの天使



「先生、なに作ってるの?」
「っわあ!?」

集中していたせいで、後ろから声を掛けられて驚いてしまう。

「あ…大きな声を出してごめんね、おかえりなさい。帰ってたんだね」
「うん。ただいま。甘い臭いがするね…ホイップクリーム?」
「そうだよ。ケーキを焼こうと思って」

ボウルを傾けてとろりとした生地をカオルくんに見せると、味見させて?といつもの甘えたな声でねだられる。
騙されるものかといつも思うのに、ついつい従ってしまう私も私だけれど、そんな声を出すカオルくんだって悪いのだと自分に言い訳をしながら、私はわざとらしく溜め息を吐いて降参するフリをした。

「じゃあ、一口だけだよ?」
「はぁい」
「ではどうぞ」
「むぐ……うーん、甘いね。美味しい」
「ふふ、よかった」

笑って、またケーキを焼く作業に引き続き戻る。
すると、後ろからカオルくんが、まるでコアラのように巻き付いてくる。

「次は、先生の味見がしたいなぁ…?」
「へ!?」
「ちゅっ」

悪戯な唇は耳の裏を掠めて、わざと音を立てるように少しずつ位置を下へと変えていく。

「か、カオルくん…!」
「なぁに?」
「だめ…だよ、」
「何が?」
「っ…!い、今お菓子作りしてる途中だから!」
「うん。だから、優那はそのままお菓子作りしてていいよ?俺は俺で、勝手に優那の味見してるから」
「、ひゃっ!」

さっきまでガッチリと拘束するように巻き付いていた手は、今やするすると身体を擽りながら、言った通り好き勝手に動いてくすぐったい。

「ふふふ」
「もう!なに笑ってるの!」
「うん?おかしくて」
「お、おか…おかしくない!」
「ああ、間違えた。可愛くて」
「カオルくん!」

あまりに耐えきれなくなって、咎めるように名前を呼ぶとくるりと身体を反転させて、笑顔のままじっと見つめられる。

「ねえ先生」
「は…はい……」
「俺、前にも言ったでしょ?」
「、え?」
「みんな勘違いしてるだけで、俺も普通の男子高校生、ってこと」

そう、天使の微笑みで言うのに、ジリジリと距離を詰めてくる瞳は何かを企むように楽しげな色が滲んでいる。

「か、カオルくん……?」
「なぁに?先生、」

うっとりしたくなるような優しげな笑みで小首を傾げて、鼻先が触れ合いそうになるくらいに距離を詰められて。
きっと、端から見れば舞い降りた天使が瞳を覗き込んでいるような絵面であるはずなのに、私の頭にはまるで違ったイメージが沸いて来てしまう。
何故か、舌なめずりをする狼にジリジリと追い詰められているような…そんな想像、。

「……先生?」

呼んでも返事をしない私を心配するみたいに、カオルくんが浮かべる笑みはキラキラとはかなげで美しい。
ああ、だというのに、どうしてこんなにも落ち着かない気分になってしまうんだろう。
考えている間にもカオルくんの顔は近づいて、私は条件反射で目を閉じてしまう。
だけどそれは恐怖や動揺からではなく、ごく自然に、従順に。

「…ねえ、先生?これはただの味見だから。ほら、目を開けて?」

ああ、ホイップクリームよりも甘いものを連想させる、この、優しい声に誘われて。
結局こうして今日も私は、言われるままに目蓋を持ち上げて、彼からの柔らかな口づけを受け入れてしまうのだ。


2016/09/15
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