▽待ての出来ない犬との親和性について



「じゃあ、用意するんでちょっと待っててくださいね」
「ああ。分かったよ」

そう言いながら、背中を向けた途端に抱き寄せてくる堪え性の無いこの腕は一体何なのか。

「あー………スティーブンさん、待っててくださいって言いませんでしたっけ?」
「おや。おかしなことを言うなレオナルド。こうしてちゃんと待っているじゃないか」

そう後ろから抱き付いてくる、屁理屈を言う図体のでかい大人に、なんか待ての出来ない犬みたいですねと少々キツイことを言いかけて、止める。

「…レオ?」
「いーえ、なぁんでもないですよー」

後ろから、お腹の辺りへ回された腕へポン、と自分の手を乗せて、溜め息。
だってまあ、普通に考えて年上の、しかも恋人を犬呼ばわりするのは客観的にも主観的にも酷い言い様だろう。
というか、それもあるけど、待てと言ってワンと鳴き、嬉しそうに駆け寄ってきてしまう犬を見て、可愛い、とかそういうふうに思ってしまう自分が、こんな状況に見舞われて悪い気なんてするはずがないのだ。
まあ、ちょっと呆れたりしているくらいで。
それもなんというか、割りとポーズに過ぎなくて普通によしよしとか言ってしまいたくなっていたりしていて。

(ああ、ダメだこれ…完全に色ボケしてるよなぁ…)

なんて、自覚はあれど脳内はふわふわピンク色。
あまり調子に乗って口を開くと、聡いこの人には伝わってしまうかもしれない。それは困る。
いや、バレても困らないのかもしれないが、良くも悪くも何がしかのアクションをこの人が起こして来そうな発言は、自分のためにも控えておくのが一番だ。
あくまで適当に流して、あーもう、動きにくいったらないじゃないっすか、なぁんてぼやきながら背中にへばりつくビッグサイズのオマケを引き摺って、キッチンへとノロノロした動きで向かう選択が、きっと最善。
ただ、自分の顔がちょっとだけ熱いのは気にしないように。
自分のすぐ真後ろの、頭の上辺りから気分良さげな鼻歌が聴こえてくるのも気にしないように。
…もしかすると、内心そわそわ落ち着かないのは見破られてしまっているのかもしれないけれど、あくまで態度は平静を装うことにする。
だってそうでなくては、このままの状態で夕食の準備をするなんて、恥ずかしすぎて自分には到底無理なことだと分かっているのだ。
もしも我慢出来ずに精神崩壊を起こしてしまった日には、今すぐこの背中に張りついている、最近の動悸息切れの原因たる諸悪の根源、動きにくく邪魔をしてくる愛しき引っ付き虫をひっぺがさなくてはいけなくなってしまう。
…そんなことは、自分の望むところではないのである。

「…そういえばスティーブンさんって、」
「うん?」
「こうしてるの好きですよね」
「…嫌か?」
「いや……別に嫌とかじゃないですけど、」
「けど?」
「すげー料理しにくいです」
「ふ、ははっ、そうか。なるほど。そいつは仕方がないな、諦めろ少年」

笑って、肩口に顎を乗せてきて、離れる素振りなんか一切見せない。むしろ何だか嬉しそうにしている。
顔が見えなくても、それが分かってしまうから本当に質が悪くて、だからやっぱり、自分は強い心を持つと同時に平然としていなくてはいけないなぁと、しみじみ思わされることになる。
(こんなふうにして過ごすのは、嫌いじゃないから)
(とても幸せなことだと思うから、)

「スティーブンさん」
「うん?何だい?」
「……味見します?」
「もちろん、喜んで」

掬い上げた熱々のスープを小皿へ落とし、軽く冷まして彼の口へと持っていく。

「…うん、美味いね。さすがは僕のレオナルド」
「褒めても何も出ませんよー」
「感想だよ、感想」
「あーはいはい。で、塩加減どうです?」
「ちょうどいい」
「ハッキリ言うと?」
「うーん、そうだな。初めて食べた時と比べれば」
「うっわーー!それ言わないで下さいよ!僕だってあん時は必死で…」
「って聞いたの君じゃないか」
「あー、確かに。ですね」
「まあでも、美味しいよ。本当に」
「そっすか」
「…信じてないな?」
「んなことないっすよー」
「どの口が言うか」
「ひょ、いひゃいいひゃい」

軽口叩いて。淡々と、けれど穏やかな幸福を味わいながら進む夕食の準備。
気を抜くと、正直我に返って逃げ出したくなるくらい恥ずかしくなる瞬間があったりもする。
けれど、それでも僕が羞恥心を知らんぷりしてしまうのは、結局のところこんな時間が好きで堪らないからだ。

「あのー…スティーブンさん?そろそろ引っ付くのやめて、運ぶの手伝ってくださいよ」
「うーん、もう少し」
「料理冷めちゃうじゃないですかー」
「それは困るなぁ…」

ズルズル、のそのそ、端から見れば二人して何をやっているんだか。
頭の中で突っ込みながらも、邪魔くさい重みを許容する幸せに浸って、こんな一時がずっと続けばいいのに、と思う。
そして願わくば、貴方もそうでありますように、なんて。
口に出すことはきっとこの先も無いだろう思いを胸に滲ませて、僕は、いい加減にしてくれないとデザート抜きにしちゃいますよと、肩口に後ろから顔を埋めてくる恋人の額へ、ごく自然に、何でもないことのように、内心では酷く胸を高鳴らせながらそっと、咎めるように口づけた。



2016/09/17
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