放課後、空き教室で






三井先輩に好きと伝えてから特段私達の関係が変わることもなく1ヶ月が経った。相変わらず私と三井先輩は、放課後三井先輩の部活が始まるまでの短い時間、あの空き教室でキスを、繰り返している。




『みつ、い...せん、ぱい...』

「あ?」

『手が...』

「手が?」

『あっ...手、が...』




三井先輩が私の言葉を復唱して意地悪そうに笑いながら、私の耳を指でなぞった。何度も、優しく。ゾクッと何かが込み上げてきて身震いをして思わず肩をすくめると、三井先輩が私に口付ける。こんな事を繰り返しているのは、何故なんだろう。だけどこの行為を拒むことが出来なくて、拒んだら、三井先輩はきっと。ゾクッと鳥肌に似た様な何かを感じながら三井先輩から目を逸らすと、三井先輩は私の腰に周していた手に力を込めて私を三井先輩の方へと引き寄せる。ドキドキ止まらなくなる心臓の音が私の身体を揺らしながら身体中に血を巡らせて、身体中を熱くさせていく気がした。そのまま体温が高くなっていくのを感じて、同時に頭も顔も熱くなっていく。「お前さぁ...」と、ふと呟いた三井先輩の方へと視線を戻して、三井先輩の左右の瞳を見つめると、三井先輩は「いや、なんでもねぇ」と言いながら私の唇を再び塞ぐ。最近、三井先輩はいつもそんなことを言っては、言葉を濁すのだ。その言葉の続きを聞けないまま、抱きしめられているかの様に三井先輩の腕に力が入ったのを感じると、何とも言えない高揚感に包まれる。錯覚を、してしまうのだ。三井先輩に求められている様な気になって、同じ気持ちなのかと勘違いして、私も三井先輩の背中に腕を回したくなる。好きだと、言われている訳でもないのに。三井先輩に腕を回さない様に三井先輩のワイシャツを掴んでいた手に力を込めていると「そろそろ、行かねーと」と三井先輩の声が聞こえて『あ...はい...』なんて呟いてから、いつもの様に掴んでいた三井先輩のワイシャツを離すと三井先輩は指の背で私の頬を軽く撫でてから「山田」と私の名前を静かに呼んだ。ドキッとしながら『はい?』と三井先輩を見上げると「球技大会あんだろ?」なんて何故だか耳まで真っ赤にして聞いてくるもんだから、少しだけ首を傾げながら『あ、りますね...?』と眉を寄せると「バスケに、しねぇーの?」なんて私の頬を触っていた指を離して、自分の口元を少しだけ隠した。質問の意図がわからないまま『あっ、え?しませんけど...?』と答えると「あん?」と何故だかキレ気味に返される。え?何で怒ってるの?と不安になって三井先輩を見つめたままでいると、三井先輩は何かゴニョゴニョと口を動かしているのが口元を隠していた三井先輩の指の隙間から見えたので『三井先輩?』と覗き込む様に顔を見つめた。




「...教えてやるよ」

『え...?』

「バスケだったら教えてやるつってんだよ」




眉を寄せながら顔を真っ赤にした三井さんのせいか、つられる様に顔が熱くなってきて『あ...でも...すっごい下手なので...』と緩んだ口端が隠せなくて下唇をギュッと食んだ。三井先輩は「...そーかよ」と納得行かなそうに口を少しだけ尖らせてから「じゃあ、また明日な」なんて私の頭にポンッと軽く手を乗せた。私は何も言えなくて、三井先輩が私から離れて扉に向かう瞬間『バスケにします!』と声を張り上げる。私の声に驚いた様に振り向いた三井先輩に『だから、教えてください!』と手で拳を作ってから、三井先輩を見つめると三井先輩は「しょーがねーな」なんて照れくさそうに歯に噛んだ。いや、私がただそう思いたかっただけなのかもしれないけれど。私は小さく笑って三井先輩に手を振ってから、部活へと向かう三井先輩の背中を見つめた。



















球技大会の種目を決めるHRで、バスケ希望で手を挙げてしまった。きっと今までの私だったら最後まで自分で決められなくて余った人と共にくじ引きしているだろう。だけど、だって...三井先輩が教えてくれるなんていうから。だから...。と三井先輩の顔を思い浮かべて思わず口元が緩んでしまう。慌てて口元を手で隠しながらHRを終えると、教室の後ろ扉の方から「山田さーん」と声をかけられた。声のする方を振り返ると、教室の扉には宮城くんが立っていて"こっち来て"とでも言う様に私に向かって手招きをしている。えっ、と思いつつも自分の席から立ち上がって宮城くんの方へ近寄ると、宮城くんは黒板をチラリと見つめて「球技大会、種目決まったの?」なんて言って黒板から私に視線を移した。『う、ん...。宮城くんも?』と何となく問いかけると、宮城くんは「うん、決まった。けど、バスケ部だと球技大会のバスケ出られねぇんだ」と続ける様に「ひでーよな」と困った様に眉を寄せて小さく笑う。




『そうなんだ?じゃあ何にしたの?』

「ドッジボール。山田さんのクラスにゃ負けねーぞ」

『あ、でも...私はバスケだから...』

「え?バスケ出来んの?」

『あはは、全然...私運動できないから』

「ふーん。あっ、じゃあ俺が教えてやろっか?」

『え?』

「俺こう見えて凄いんだぜ?」

『あ...でも...』




『三井先輩が』と声に出した瞬間、宮城くんが驚いた様な顔をしてから私の言葉を遮る様に「三井サンが?」と意地悪そうに口角を持ち上げた。うっ...。と思いつつ宮城くんから目を逸らすと「へぇ、三井サンね。三井サンがなに?」なんて冷やかす様な言い方をして私の顔を覗き込んだ。私は顔が熱くなってきて『バスケ、教えてくれるって...』と顔を両手で覆い隠しながら答えると、宮城くんが「ほー、三井サンと約束したんだ?」と笑みを含んだ声でそう言った。きっと顔を隠している手をどかせば、馬鹿にした様な、茶化した様な、ニヤニヤした宮城くんの顔が見えるだろうな。なんて思いつつも、恥ずかしくて手を退けられないまま『宮城くんって意地悪』と呟くと、宮城くんはフッと小さく笑いながら「いーや、俺より優しい奴いないでしょ?」なんて言った声が聞こえて思わず顔を隠していた手をずらして宮城くんを見ると、ほらやっぱり。ニヤニヤしているじゃないか。




「そーいや、アレどーなったの?」

『あれ?』

「協定、結んだだろ?」

『あ...』

「おい。その顔...さては忘れてたな?」




三井先輩に好きと言ったせいか、それともこの関係のまま終わらせたくないからなのか、すっかり宮城くんとの協定の事なんて忘れていた私は口から情けない声を出して宮城くんから視線を逸らしていく。宮城くんは眉を寄せてジロッと睨む様に私を見つめていたのが視界の隅で見えて、身体中の汗と言う汗がダラダラ出てくる様な、今だに目元以外を覆っている自分の掌にジワリと汗をかいた様な、そんな気がした。




『ご、ごめんなさい...』

「ごめんじゃねーよ。ごめんで済んだら警察いらねーだろ?」

『ひ、ひぇ...』

「あのなぁ...」




「俺がいじめてるみてぇじゃん」と眉を寄せながら胸の前で腕を組んだ宮城くんが下から私の顔を覗いてくる。これは、完全にいじめている以外の何者でもないのでは?と思いつつも、協定の事を忘れていたのは私なのだ。申し訳なさすぎて穴があったら入りたい。宮城くんの顔から逃げる様に身体を後ろへ傾けると、宮城くんは「つーかそろそろ、山田さんからアタックしねーと、なぁ?あの人意外と奥手っぽいし...」と言いながら目を閉じて首を傾げる宮城くんに『あ...でも私...』とモゴモゴしていると、宮城くんは「ん?」と顔を上げて私を見つめるから、これから言うことを言っていいのか分からなくなって下唇を軽く噛む。宮城くんは「なに?」と不思議な顔をするから、誰も聞いているわけじゃないのにキョロキョロと周りを見渡してから宮城くんの耳に顔を近づけて内緒話でもする様に口元を手で隠しながら『三井先輩に、好きって言ったよ...?』と宮城くんだけに聞こえる様に耳打ちする。その瞬間「はぁ!?」と宮城が飛び上がりそうなほどの大声を出すと、ザワついていた周りの人達の声が静まり返って宮城くんに注目が集まった。宮城くんは「あっ、やべ」と小さく声を漏らしながら口元を手で抑えて私の手首を掴むと「ちょっと、こっちきて」なんて言って教室の扉から離れて廊下の隅に移動していく。私の手首を離してから、私の肩に腕を回してしゃがみ込んだ宮城くんに釣られる様に宮城くんの隣にしゃがみ込むと、宮城くんは自分の口元に手を当てながら「え?何?告ったの?三井サンに?」なんて目をキラキラさせながら問いかけてくる。あっ、楽しんでいるな。と思って私が眉を寄せて口をつぐむと、宮城くんは「協定...」とポツリと呟いた。私は少しだけムッと口を尖らせた後、宮城くんの目力と言うか、何と言うか謎の圧に耐えられなくなって『好きって...言っただけ...』とボソッと答えていく。「じゃあ、付き合ったんだ?」と宮城くんの答えに、そんなの私でも分からないのに。なんて思いながら『よく、わかんない...』と語尾を小さく落としながら下唇を噛んだ。宮城くんがしばらく黙っているもんだから、チラッと宮城くんへ視線を移すと、何とも言えない表情をして私を見ていた。




『え?』

「え?じゃねーよ...」

『え...?だって...分かんないんだもん...』

「三井サンは?好きって言われて山田さんになんて返事したの?」

『...特に、何も...』

「はぁ!?マジで?」




コクリと頷くと宮城くんはハァーっと深くため息をついてから「なにやってんだよ...ったく...」と自分の眉間を指で触ると「んで、なに?まだキスしてんの?」眉を寄せて口をへの字にしながら私を見つめた。再びコクリと頷くと、宮城くんも再びハァーっとため息を一度。その仕草のせいなのか、元々三井先輩に嘘をついてから始まった関係だからだったのか、三井先輩と付き合っているわけでもないのにキスをしているせいなのか、酷く罪悪感が込み上げてきて泣きそうになった。宮城くんは私の顔をチラリと見つめた後にギョッと驚いて「え!?なんで!?」と焦った様に私の肩に回していた腕を離して背中を優しくさする。そんな事が何故だか余計に、私を悲しくさせるのだ。




『分かっ、てるの...』

「ん?」

『良くないっ、て...自分でも分かってる...』

「うん」

『でも、私...だから、怖いの...』

「...」

『自分から終わらせるのが、怖い』




言い終えるとポロッと涙が溢れてきて、思わず両手で顔を覆った。宮城くんは「...そーだよな。悪ぃ」なんて言いつつ、私の背中をさすり続けた。時折、廊下で誰かに「宮城が女の子泣かせてるー」なんて声をかけられて「うるせーよ」と困った様に返事をする宮城くんに申し訳なさを思いつつも、私の涙が止まることはなくて、ただ、次から次に溢れてくるだけ。こんな事したって、解決なんてしないし、ただ宮城くんに迷惑をかけているだけなんてわかりきっている筈なのに、最近話す様になっただけの、友達でもない人にこんな事を話して、自分の行動に肯定でもして欲しいんだろうか。自分で自分のしている行動が分からなくなってきて、頭がぐちゃぐちゃで、何してるんだろう。なんて思いつつも、涙は止まらないのだ。ただ、今の関係を壊したくないからと言う、我儘な自分に対する自己嫌悪と、三井先輩に引かれるとか、期待した様な反応をしないと嫌われるだとか、一生口を聞いてもらえなくなるんじゃないか、そんな事三井先輩がそんな反応するわけが無いと分かっている。なのに、そんな事分かりきっている筈なのに、だけど私は、何もかもが怖いんだ。しばらくして帰りのSHRの予鈴が響くと、宮城くんは「サボんねぇ?」と言って私の背中から手を離すと、「誰も来ねえとこ知ってっから」なんて私の手首を掴んで立ち上がるけれど、私は何も言えずに顔を上げて涙でぐしゃぐしゃになった視界で宮城くんを少しだけ見つめてから、コクリと頷いて宮城くんに手を引かれるまま立ち上がるとそのまま宮城くんの後を静かに着いていく。宮城くんの言った"誰も来ないところ"とは、そうかもな、なんて思っていた例の空き教室で、泣き止められない私は少しだけ鼻を啜りながら目に手の甲を当てて宮城くんに誘導されるまま、近くの席へと腰を下ろした。宮城くんは近くの席に腰を下ろすと、私が泣き止むまで、ただ、黙って待っていた。私が落ち着いた頃に「口挟んでわりーけど、山田さんは、それで良いわけ?」と真剣な顔をして言うものだから私は『そう言うわけではないけど...怖いから...』なんて宮城くんの真っ直ぐな瞳に耐えられなくて下を向くと、宮城くんは「怖いのはわかるよ?すげーわかるけど...このまま曖昧な関係続けてたって良い事なんて何もないんじゃねーの?」なんて、正論をぶつけてくる。分かってる。分かっているけど勇気なんかでやしないんだから仕方がないじゃないか。むしろ勇気を振り絞って"好き“と言ったのだから、これ以上なんて、望んじゃいけない様な気がして。私が何も言えないままでいると宮城くんは「ま、俺も片思いしてるし、人の事なんて言えねーけど」なんて皮肉を交えているのか、笑みを含みながら呟いたけれど、私は何も言えないまま、宮城くんの顔をしばらく見つめて『球技大会』とポツリと呟いた。




「ん?球技大会?」

『うん...球技大会が終わったら...』

「終わったら?」

『告白、してみる...』

「本当かよ...」

『う、ん...』

「山田さん意思弱そー」

『なっ..!?ひ、ひど...!』

「んー...そうだな...あー、キス禁止とか」

『え?』




「球技大会で告白してOK貰うまで、キス禁止とかにしたら、いーんじゃねーの?」と宮城くんが意地悪そうな顔をして眉を寄せて小さく笑うから、思わずムッとしてしまって『そうする』と口を尖らせると、宮城くんは「約束だからな?」と私に小指を向けてそう言った。私が何も言えずに小指を見つめていると「約束、だぞ?」なんて宮城くんは無理やり私の小指に小指を絡めて「ゆびきりげんまん」と優しく微笑むから、私も釣られる様に"嘘ついたら"なんて口遊む。三井先輩に告白してOKをもらえる確証なんてないのに、そんな約束をして大丈夫なんだろうか。と自分で疑問を持ちつつも、何故だか引き下がれなくてそのまま"指切った"と歌い終わって宮城くんからの指を離した。


















「お前...センスが絶望的にねぇな...」

『わっ...分かってますよ...』

「力任せにすんじゃねえ」




球技大会の2週間ほど前になると、お昼休みに三井先輩に体育館で呼び出されて結構ハードな特訓が始まった。「こうだっつーの。ちゃんと集中しろ」なんて言って私の真後ろにいる三井先輩の手がボールを掴んでいる私の両手に被さる様に添えられる。一歩でも後ろに足を進めれば私の背中に三井先輩の身体が触れるくらいの距離で、集中なんて出来るはずもない。「いや、山田の身長だとこれくらいだな」とボールごと私の手を少しだけ下げた三井先輩の息が、耳に、息が、かかる。三井先輩の息が、かかってる。とバクバクする心臓の音が煩くて、動けずにいると「山田?」と三井先輩が私の顔を覗く様に顔を向けてくる。きっと、意識しているのは私だけなのだ。三井先輩はこんなにも真剣なのに...なんて思いながら『あっ...』と思わず横目で見てしまった三井先輩の顔が近すぎてギュッと瞼を瞑ると、三井先輩に「おい、ちゃんとリング見ろよ」なんて注意されて、『は、い...』と三井先輩を見ない様に瞼を持ち上げてリングを見つめた。膝を少し曲げて勢いよく地面を蹴り上げながらリング目掛けてボールを投げてみたけれど、リングにかすることもなくただ体育館の床に落ちてボールが跳ねる特有の音を響かせる。ちなみにコレで30回目位。三井先輩は「山田、もう一回!」とボールを拾いながら声を張り上げた。私は弱音を吐きそうになるのをグッと堪えて『はい!』と返事をしながら、三井先輩に手渡されたボールをリングへ向ける。三井先輩は再び私の真後ろに立ってから「そうじゃねーって」とボールを掴んでいる私の手の上に手を添えてくると、ドキドキするし、触れているところが熱いしで、集中なんて出来やしなかった。だけど「大丈夫だ、そのまま」と三井先輩の声が聞こえると何とも言えないこそばゆい気持ちになって、再びリング目掛けてボールを投げていく。まぁ、案の定入らなかったけれど。そしてその日から空き教室に行っていた放課後も特訓とやらで呼び出された。私はキスをしなくても三井先輩が一緒いてくれる事が嬉しかったし、不思議なことに何故だか気持ちも少し楽になったのだ。ただ、お世辞にも運動が得意というわけでもない私は「走り込みするか」と言われた時は絶望しがなかったけれど、終わった後に必ず「お疲れさん、頑張ったな」と優しく笑う三井先輩の笑顔が見れるから、疲れただとかそんな事は心底どーでも良くなった。





きみは変わらない笑顔で
(好きと言われても、意識...しないものなんだろうか)




結局、球技大会前日の練習でも1度もボールをリングに入れることはできなかったけれど、三井先輩のそばに居られることが、三井先輩と過ごす時間が、楽しくてしょうがなかった。






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