放課後、空き教室で





「三井サン、山田さんと仲直りしました?」

「あ?」

「あー...してないんすね...」

「うっせーよ」




空き教室に足を運ばなくなって数日後の放課後、部室へ向かう途中で宮城に会ったかと思えば仲直りをしたか、と問いかけられた。「別に、喧嘩ってわけじゃねーけ、ど...」と口にしてから、なんで宮城に言わなきゃなんねーんだ。なんて思って口を尖らせる。そもそも、喧嘩をしたと言う訳ではなくて、嫌がられただけというか、強引過ぎたというか。俺がただ馬鹿なことをしただけだ。ため息を吐いてから口をつぐむと、宮城が「早く仲直りしてあげないと...山田さん泣いちゃいますよ?」と片眉を上げながらニヤリと笑った。




「お前...楽しんでるだろ」

「いや?三井サンが仲直りしないんなら、ちょっと...俺も本気でいこっかなーって」

「...は?お、おい、それって...」




「嫌なら、仲直りして下さいよ」と俺の言葉を遮る様に言われたけれど、先ほどの宮城の発言の意味を深く考えてしまったせいか、足を止めて眉を寄せながら睨む様に宮城を見つめた。途端に宮城は「うわ、コワー」と棒読みで言いながらスタスタ先に歩いて行くし、なんなんだよ。言いたいことだけ言って行くなっつーの。つーか、"本気で"って山田の事だよな?それって、つまり、好きってことか?つ、まり、2人は両思いって事...だ、よな?と鈍った様な思考をフル回転させて、何度も何度も頭の中で反芻する。ドクンッと心臓が飛び跳ねた様に脈を打って、耳鳴りの様に煩く響く。嫌な汗がジワリと掌に滲んできて、早くなる心拍数のせいか身体中に血が巡って行く様な感覚、いや、頭に血が登った様な感覚に思わず立ち止まってしまった足を必死で走らせた。なんだよ、なんなんだよ。じゃあ俺が、俺がやってきた事は結局意味なんかなくて、ただ、ただ2人の邪魔をしていただけって事じゃねぇか。勝手に気持ちを押し付けて、無理矢理、キスして。あいつに、山田に拒絶されて。いいや、元々そうだっただろ。分かっていた事じゃないか。山田は宮城の事が好きで、俺が勝手に山田を好きだっただけだ。山田の濡れた瞳も、赤く染まる頬も、俺を求めている様な、欲情した様な、熱っぽい様な、山田の顔も、息遣いも、縋る様に俺のワイシャツを掴む手も、指を絡めた時に感じる山田の指の体温だとかも、全部。俺のものだと勘違いしたくなる様な仕草や感覚全部、俺が勝手に求めて、勝手に良い様に解釈していただけだ。ズキズキと押し潰される様に胸が痛くなって、走っているせいか口の中がやけに渇いた。飲み込みたくもない生唾を飲み込んで、あの空き教室の扉の前でピタリと足を止めて呼吸を整える。あーあ、なんでこんな所、来ちまったんだか。山田が居るっつー保証もねぇし、例え山田が居たとしても今更どの面下げて会えばいいのかもわかんねぇ。つーか山田にキスした時点で俺の気持ちなんてものはバレているだろうし、この際玉砕覚悟で告白でもしちまおっかな。告白でもしたら、少しは楽になれるんだろうか。いや、フラれるのは目に見えてるし、山田の口からハッキリ"NO"と言われてしまえば余計苦しくなるに決まってる。あーもう、なる様になれだ。と、覚悟を決めたように空き教室の扉を開けて顔を上げると、窓の近くに誰かが立っているのが見えた。期待する、山田なんじゃないかと。ずっと俺を、待っていたのかもしれないなんて、また都合の良い様に解釈して、期待して、心臓がドキドキと音を立てて脈を打つ。カーテンで隠れた顔が見たくて足を一歩教室へ踏み出すと、ブワッと強い風が吹き抜けて、同時にカーテンがふわりと揺れてカーテンの先が宙を舞う。そんなわけないと思いながらも、期待してしまった分彼女の姿が見えると、胸が熱くなると同時に心臓が掴まれた様に痛くなる。苦しいのに嬉しくて、「山田」とやけに乾いた喉から搾り出す様に声を漏らした。赤くなった山田の瞳が濡れた様に見えたのは、また都合の良い俺の勝手な勘違いなのか、そんなの、もう、どうでも良い。風が止んでカーテンが降りたことを合図に山田に近づいてカーテンを手で持ち上げると、山田の瞳が俺を捉える。濡れた瞳を誤魔化す様に瞳を揺らしながら俺を見つめる山田に視線を絡めて「山田」と情けなく声を絞り出した。『み、つい先輩』と泣きそうな山田の声が俺の身体中に響き渡る。堪らなくなって吸い込まれる様に山田の唇に吸い付いて、山田の体を隠す様にカーテンを持ったまま山田の背中に手を回した。ポタッと俺の頬に当たった山田の涙に気がついて、頬に手を寄せながら山田の涙を指で拭って瞼を薄く持ち上げると、濡れた山田の瞳と視線が絡まる。思わず唇を離して「お前なぁ...」"またそんな顔..."と続けたかったけれど口をつぐんだ。勝手に勘違いしているのは俺の方で、山田は宮城が好きで、宮城も山田が好きで、つけ入る隙なんかないんだ。だから、良いじゃないか少しくらい。夢を見たって。少しでいいんだ、少しで。俺を求める様に感じるこの瞳も、唇も、息遣いも、震える声も、指も、今はそう勘違いしてもいいだろ。馬鹿みたいな考えばかりが頭をよぎって、自分で言い聞かせているのに胸が痛んだ。グッと少しだけ奥歯を噛んでから、山田が瞼を下ろした瞬間に再び山田の唇を塞いでいく。好きだ、好きだ、好きだ。心の中で何度も言いながら、かぶりつく様なキスを何度も繰り返して、俺のワイシャツを掴む山田の手に気がつくと、ああ、この仕草だ。と勝手に俺の心が満たされる。『まっ、見られちゃ、...』と声を少し荒げた山田に「知らねーよ」なんて吐き捨てる様に呟いた。酷く格好つけた様な、ぶっきらぼうで身勝手な言い方だ。この際山田は俺のだって、外堀を埋めて、逃げられない様にして、宮城に見せつけてしまおうか。口付けを繰り返すたびに何度も頬を伝う山田の涙の理由がわからないまま、頬に触れている指で何度も山田の涙を拭った。きっと、宮城のことを考えて泣いているんだろう。"大丈夫だ、宮城もお前が好きなんだと"唇を寄せているせいか、2人は両思いなんだと教えたくないからなのか、はたまた両方か。自分の口から出すことの出来ない言葉が頭をよぎって、名残惜しそうに山田の唇を吸い上げながらゆっくりと唇を離して「なんで...」と声を絞り出す。情けなく震えた自分の声にハッとして、ゴクリと生唾を飲み込んでから「何泣いてんだよ馬鹿野郎」と理由は宮城だと分かっているくせにそう言って山田を見つめて目を細めた。卑怯だろ。安心させたいくせに、山田が安心したら俺から離れて行くんじゃないかと思って、"宮城もお前が好きなんだと"そんな一言が言えないまま、再び山田の唇を自分の唇で塞いでいく。違う、馬鹿野郎は俺なんだ。離れて行く気がするなんて、元々俺のそばに居たわけでもなかったくせに。彼氏でもなんでもないくせに、無理矢理キスして、好きという勇気すらなくて、山田と宮城が思い合っているのに邪魔してる。グイッと山田の唇が俺の唇を押し返すように当てられると、思わず唇を離してしまった。驚いた様に山田を見つめると、不安そうに俺を見つめてきた山田を見ていられなくなって、山田の後頭部に手を移動させながら唇を塞いで腰に回した手に力を込めた。初めて山田から返してきた口付けをもう一度してほしくて、それに離したくなくて、角度を変えて何度も何度も口付けを繰り返す。もし今唇を離したら、この前の様に拒絶される気がして怖くなった。ちゅっと軽いリップ音を響かせながら唇を離して、すぐに唇を塞ごうとした瞬間『好き』と微かに山田の声が聞こえた気がして、顔を少し引いて山田の瞳を交互に見つめる。今、好き、と、言ったんだろうか?聞き間違いか?何度か瞬きを繰り返して山田を見つめると、再び山田が『す、き』と小さく呟いた。なんだよ、どれがだよ何がだよ誰がだよ。頭の中の疑問を振り払って再び唇を塞いだのは、俺の事を好きなんだと、都合の良い勘違いをしたかったからだ。ガクンッと下がった山田の顔を追いかけてガチッと互いの前歯が当たって唇を離すと、山田が照れ臭そうに下唇を軽く噛むもんだからこっちまで恥ずかしくなってくる。「なんだよ」とつられて小さく笑うと、『好き、なんです』と山田は俺をまっすぐに見つめた。けれどその意図が分からないまま、と言うか"好き"の意味が怖くて聞けない俺は笑うしかなくて、眉を寄せて小さく笑うと再び山田の唇を優しく塞いだ。唇を離す度に"好き"と何度も言ってくる山田に何も言えないまま、俺は何度も山田の唇を味わうように塞いでいく。何度も"好き"と言ってくる山田の言葉に「うるせぇ、ちったー黙れ」なんて、ダサい言葉を返したのは、ただ錯覚をしていたくて、山田が好きなのは宮城ではなくて、俺を好きなんだと言う馬鹿みたいな錯覚を、していたかったんだ。























山田がキスをする度に"好き"と言ったあの日から、1ヶ月ほど経ったが、俺たちの関係は特段変わることはない。気になることは、本当はこの関係をやめたいんじゃないのか。とか、宮城とはどうなってるんだ、とか。あの日の"好き"の意味はなんなのか、とか。聞きたいことなんか山ほどあるのに、この関係を壊す事もできないままま、依存する様に山田を求めて、キスを、繰り返している。




「お前さぁ...」




唇を離して山田を見つめると、山田が濡れた瞳を揺らしながら俺を見つめる。少しの沈黙が俺たちの間に流れて、思わず「いや、なんでもねぇ」と言ってから山田の唇を再び塞いだ。山田が俺の瞳を見つめる度に、どうしてもその時間が怖くなる。お互いの黙る時間が長くなればなるほど、何かを、言われるんじゃないかと怖くなって、貪る様に夢中で山田の唇を求めた。山田の唇を吸い上げながら俺の唇が微かに山田の唇から離れると、熱くなった山田の吐息が口から漏れる。ギュウっとワイシャツを掴まれる度に胸が苦しくて、山田の熱い瞳を見つめると、再び錯覚を起こしてしまう。実は宮城じゃなくて、俺のことが好きなんだと。堪らなくなって「そろそろ、行かねーと」と呟くと、山田は『あ...はい...』なんて呟いてから、俺のワイシャツから手を離す。名残惜しくて指の背で山田の頬を軽く撫でてから、不意に「山田」と呼んでしまった。意図なんかない。ただ、口から勝手に漏れただけだったのに『はい?』と不思議そうな顔して俺を見上げる山田の声にドキッとして、思わず「球技大会あんだろ?」なんて誤魔化すように問いかけた。『あ、りますね...?』と言った山田に何か言わなければと思って「バスケに、しねぇーの?」なんて焦るように早口で言ってから山田の頬から指を離した。また変なこと言ったらやべぇな。なんてドキドキしながら自分の口元を軽く手で隠してから、山田がバスケにしたら何なんだよ。と自分にツッコミを入れつつも、もしも山田がバスケにしたら…もっと一緒に居られるんじゃないかなんて、馬鹿な考えが頭をよぎる。けれど山田からの答えは『あっ、え?しませんけど...?』と、否定する言葉で、「あん?」と反射的に低い声が出てしまった。あ、やべぇ…。と、どんな言い訳をしたらいいのか分からずに、手で隠している口元をモゾッと動かしていると『三井先輩?』と山田が俺の顔を覗き込む様に見つめて眉を寄せていく。余韻が残るような熱っぽい山田の瞳にドキドキして、上手く見つめ返せないまま「...教えてやるよ」とぶっきらぼうに言い放つと、山田は驚いた様に少しだけ目を丸くして『え...?』と声を小さく漏らした。「バスケだったら教えてやるつってんだよ」なんてカッコつけも良い所だ。こんな言葉を言うだけで、心臓はバクバクうるせぇし、顔と頭は酷く熱いし、掌にジワリと汗が滲むし、山田の顔を直視出来やしねぇ。眉を寄せていると『あ...でも...すっごい下手なので...』なんて言いながら、俺の視界の隅に下唇を噛んだ山田の姿が見えた。「...そーかよ」と口を尖らせて返事をしながら「じゃあ、また明日な」と山田の頭にポンッと軽く手を乗せる。先ほどの期待した様な気持ちとは裏腹に、ズキズキと音を立てているかの様に胸が苦しくなって、否定されたというか、やっぱり宮城以外は嫌なんだよな。と現実を見せつけられた様な気がして山田から離れた。けれど、じゃあ何で俺とまだキスしているんだ。なんて疑問が再び頭に浮かび上がる。その瞬間『バスケにします!』と後ろから山田が声を張り上げるもんだから、思わず驚いて肩をビクつかせて山田の方へ振り向いた。




『だから、教えてください!』

「しょーがねーな」




そう返事をして歯に噛んだのは、もちろんこの時間以外で山田と一緒に居れるかもしれないという期待をしたのと、そんな訳はぜってぇないんだろうけど、やっぱり少しくらい、期待しても良いんじゃねぇかな。なんて気持ち半分だった。
























球技大会前日に、ついにこの時が来てしまった。バスケを教えてやるなんていっておいて、いつもの様にキスを、しようとしてしまった。その瞬間、山田が『だめっ!』と言って俺の胸を強く押したのだ。バスケを教えた後、そろそろ昼休みも終わるから、なんてバスケ部の部室で制服に着替えている最中、二人きりの空間に耐えきれなくなって山田の背中をロッカーに押し付けた。いつもの様に山田の手首を掴んでいた手を移動させて、山田の指に指を絡めながら、唇を近づけようとした瞬間、拒まれてしまった。最初は驚いて何も言えなくて、山田の瞳を見つめていた俺の瞳が微かに揺らいだ。勘違いしていた。ずっと、この関係のままでいれるんだと。山田は宮城の事が好きなんだと忘れるくらいに。なぜ都合の良い勘違いをずっと、出来たのだろうか?山田が、あの日から一度も、俺を拒まなかったからだろうか?頭の中が一気に真っ白になって何も言えずに固まった俺に『あ...』と山田が呟きながら眉を寄せて、絡んだ俺の指を離した後『ご、めんなさ...』と言って俺から視線を逸らした意味を考える。止まった思考をフル回転させたけれど、答えなんかひとつしかねぇだろ。この関係の終わりが来たんだと、そう思った。




「や...俺も悪ぃ...」

『あ、その...遅刻しちゃいますし...』

「だな...早く行かねぇとな」

『は、い...そう、ですね...』




ニコッと笑った山田から離れてからジャージを手に持つと、お互い何も言わないまま部室を出て、別れ際に「明日頑張れよ」なんて、普通に一言を付け加えたけれど、山田は『はい!ありがとうございました』と言いながら困った様に眉を寄せて小さく笑った。その"ありがとうございました"の意味を深く考えすぎたのか、今まで何も考えずに行動したせいなのか、その日の夜はなかなか寝付けなくて、ずっと胸がズキズキと痛んだ。喉の奥に何かがつっかえた様に息苦しくて、拒まれた時のあの光景が脳裏に浮かぶ。都合の良い勘違いだったなんて分かりきっていた筈だったのに、山田が好きなのは、宮城だって分かっていたことじゃないか。なんて事ばかりを考えて、昨日の夜あまり寝れなかったせいか、頭がぼーっとする。球技大会の当日になってフラフラしながら体育館に足を運ぶと、既に試合をしている山田の姿が目についた。「んだよ、全然ボール触ってねぇじゃん」と小さく呟きながらフッと笑みが溢れてしまって慌てて口を手で隠すと、コート外の宮城の姿が目に映る。ズキッと胸が痛みながらも、まぁ知り合いなんだし、居るのは別におかしくねぇか。なんて自分に言い聞かせていたのに、不意に聞こえた「山田さんってさー」の言葉にドキッとして口元を隠していた手に思わず力を込めた。




「宮城くんと付き合ってんでしょ?」

「えぇ!?そうなの!?」

「だってこの間...廊下で泣いてた山田さんの事抱きしめてなかった?」

「え!?まじで?」

「最近よく2人でいるの見るし」

「絶対付き合ってるじゃん!良いなぁー」




「私も彼氏欲しー」とすぐ近くで聞こえた女子たちの会話を聞いて俺の心臓がバクバクと煩く鳴り響いた。耳鳴りが鳴った様に周りの音が聞こえなくなって、俺の心臓の音だけが煩く鳴り響いているみたいだ。なんだそれ。なんだよ。もう付き合ってる?だから、昨日、拒まれたのか?頭の中が真っ白なくせに、昨日の夜考えていた事が頭に浮かんだ。そんな事ばかりを考えているせいなのか、山田の姿がやけに目について、宮城の姿もやけに目にとまった。俺に向けていた表情を、あの、求めている様な、欲情した様な、熱っぽい様な、その瞳を、宮城にも見せているのかと思うと、俺のものでもないのに嫉妬心が湧き上がってくる。同時に絶望にも似た様な、胸が苦しくなる感情のせいで、喉の奥がグッと苦しくなって、山田の姿がうまく、見えなかった。試合終了の合図の笛が鳴り響いた瞬間、ハッと我に返ると山田と宮城がハイタッチする光景がやけに目に焼き付いて、その場にいられなくて体育館を後にする。寝不足のせいかやけにふらつく足元を見つめながら、自分の試合なんてのも忘れてあの教室へと足を進めた。なんで今、あそこに行こうと思ったのか自分でもわからない。初めて山田とキスをしたあの席に腰をかけて、机の上に両腕を置いて顔を埋める。そのまま瞼を閉じて、山田の顔を、思い浮かべた。





















『あー...もう...』




いつの間に寝ちまったのか。と、考えながらも近くで声が聞こえて瞼を薄く持ち上げると『好きなんです。すっごく...』と膝に顔を埋めたまま何かを呟いている山田の姿が目に入った。何、やってんだ?と不思議に思いながら、ボーッと見つめていると『だから、私と...』と勢いよく顔を上げる山田とバチッと目が合う。『えっ!?』とすごい声量で聞こえた山田の声に思わず笑みが溢れて「っるせーな、寝れねぇわ」と机に顔を突っ伏したまま小さく笑うと『え?ちょ...い、つ?え?』と、なぜか慌てた様子の山田をただ、じーっと見つめていた。可愛いな。いや、そうじゃねぇだろ。なんでだ?昨日俺を拒んだくせに、何でこんなにも普通なんだ?嫌だったんじゃねぇの?拒んだってことは、嫌だって、事だろ?俺に近づいたら、キスされると分かってねぇ訳じゃねぇよな?と眉を寄せていると山田の視線が俺から外れる。その仕草の意味はなんなんだよ、と言いたかったけれどそんな言葉を口にはできなくて「良かったな」と呟いた。"宮城と付き合えて良かったな"の意味だったけれど、そんな事言える訳もねぇし、言いたくもねぇ。誤魔化す様に山田の腕を掴みながら「試合、勝ったんだろ?」と言って嘴を少し上げる。『あ...三井先輩が...教えてくれたので...え?うわぁっ!』と、まだ何かを言う途中だった様な気がしたけれど、その続きを聞きたくなくて、もしかしたら"宮城くんと付き合えました"なんて、言われるんじゃないかと思って山田の腕を引いて立ち上がらせた。机から顔を上げて山田を見つめると、山田の視線が泳ぐのがやけに目につく。俺とキスしていたから、彼氏になった宮城に罪悪感でも持っているんだろうか。ならなんで来たんだよ。なんで...。ゴクリと生唾を飲み込むと『三井先輩?』と眉を寄せながら山田に問いかけられて、拒まれると分かっている癖に山田の首に手を回しながら顔を近づける。唇を近づけて、山田の瞳を目を細めて見つめた瞬間、山田の瞼が静かに降りた。それを合図に唇を押し付けると、山田が体制を崩したのか、ガタッと床と机の足が擦れた音が部屋に響く。ちゅっと名残惜しそうに山田の唇をゆっくりと吸い上げながら唇を離すと、山田の瞼が、少しだけ持ち上がる。少し濡れた、俺だけを見つめている様な、求められている様な、あの、熱っぽい山田の瞳を左右の目で追いかける。拒まれるかと思っていたのになんのリアクションもないまま、少しの沈黙が俺たちの間に流れて、い、いいのか?と思いながら息を少しだけ長く吐いて「何で今日は良いんだよ...」と自然と口から漏れてしまった。あ、と思いながらも山田を見つめて瞬きを薄く1度。その瞬間、山田の視線が俺から逸れて『言わなきゃいけない、事があって...』と震える様な声で小さく呟く。その言葉にドクッと俺の心臓が飛び跳ねてバクバクと煩く鳴り響いた。宮城と付き合った、とでも言われるんだろうか。聞きたくねぇ、そんな言葉。山田の口から直接、そんな言葉を、聞きたくねぇ。考えているうちに山田が『す、きです』と一度ギュッと瞼を強く瞑ってから逸らした視線を俺へと戻した。その言葉の意味が理解できないまま、山田を見つめていると、山田は瞳を揺らしながら『三井先輩、私と...付き合って、ください...』と俺を見つめる。また、都合の良い勘違いをしているのかと、思ったのだ。そんなことありえねーだろ。つーか、なんだそれ。お前は...宮城が...。と、一瞬山田から視線を泳がせて、ギュッと一度瞑った瞼を持ち上げた瞬間「ちげーだろ...」と言って山田の首と腕から手を離した。




『え...?』

「お前は...俺の事なんか好きじゃねーだろ」

『え?す...好きです、よ...』

「キスしてるから、そう思うだけじゃねーのか?」

『違っ...!そんなわけないじゃないですか...!?』

「キスして、自分で好きとか言ってっから...」




「そう思うだけだろ...」と言ってため息が漏れたのは、知っているからだ。山田の宮城への気持ちも、宮城の気持ちも。もし俺のせいですれ違いが起きていて、俺のせいでこんな事になっていたとしたら?前に山田が言った"好き"の言葉の意味も分からねぇし。考えれば考えるほど、胸が苦しくて、生唾を飲み込む時に喉に何かが引っかかる様な、苦しい感覚。それとも俺はまだ、夢を、見ているんだろうか?俺に都合の良い夢を。途端に山田が『分かり、ました』と小さく呟いて、山田の瞳が徐々に濡れていく。なんだよ、どう言う意味なんだよ。勘違いすんな。本当に、山田が俺の事を好きなわけねぇだろ。そんなわけないと思いながらも淡い期待をしてしまう自分に思わずため息が漏れて、椅子から立ち上がった。山田が溢れた涙を隠す様に指先で頬を拭う仕草に、震えている肩に、触れたくなる。駄目だ。ちげーだろ。俺じゃ、ねぇだろ。「勘違いすんな。好きなのは宮城なんだろ?」本当の意味を知りたくて出た言葉に、山田がコクリと頷くと、分かっていたはずなのに胸が軋む様に痛くなった。なんなんだよ。告白の練習でもしてんのかよ。これ以上、振り回すんじゃねぇ。勝手に自分で勘違いしているくせに、山田の言葉に、仕草に、イラつきが抑えられなくなって、『...違う...三井先輩が、好きなんです...』と聞こえた声に、俺の方が泣きそうになった。んなわけねーだろ。馬鹿か。お前、俺で妥協しようとしてんじゃねぇだろうな?もう宮城と、両思いなんだよ。宮城に言わなきゃ、意味ねぇだろ。言えない言葉ばかりが喉につっかえて出てこないまま、眉を寄せて「そうじゃねーって...」と呟いて自分の手で前髪をクシャッと掻き乱した。山田の涙が止めどなく頬を伝うのを見つめて、堪らなくなって山田の腕を掴んで、窓側に進んでいく。時たまガタッと机と椅子が身体に当たって音を立てるけれど、そんなこと気にしてなんかいられない。黙って俺に腕を引かれるままついてくる山田の本心が分からなくて、泣いている意味なんか、余計分からなくて。窓と窓の間の柱に山田を追い込んで『みつ、いせんぱ...?』と不安そうな山田の顔横に手を置いた。無理やり唇を押し当てると、この前拒絶した様な、そんな仕草で俺の胸を強く押す山田の手に、俺の胸が、酷く、痛んでいく。



『んっ、やっ...み、つ...』

「...ハッ...」

『っ...!ふっ、ぅ...ん、』

「...」

『...ッ...やっ...!』




唇を離す度、唇を塞ぐ度、聞こえてる山田の抵抗する様な言葉に、"やっぱり"なんて言葉が頭をよぎった。好きだなんて、俺を好きだなんて、そんな事、ありえねーんだ。いつもの様に山田の唇を舌でなぞって、力が緩んだ山田の唇の隙間から舌を入れ込むと、拒む様に顔を背けられる。その仕草に、変わらず頬を伝う涙に、胸がちくりと痛んで、気持ちとは裏腹に熱くなった自分の吐息が口から漏れ出す。"どうせ、宮城を選ぶくせに"なんて、はなから選ばれてもいない癖に、頭に浮かんだ言葉をかき消して山田の首元に顔を埋めていく。山田の熱い体温を近くに感じて、直に、触れたくなって、止められなくなる。『だ、め』と俺の胸を強く押した山田の手が、ワイシャツ越しなのにやけに、熱かった。堪らず山田の首元に吸い付いて、俺のものとでも言う様に、強く吸い付いた。唾液混じりのリップ音が部屋に響くと、山田の熱い吐息が漏れていく。やめろ、やめろ。こんな事したって、俺のもんじゃねぇんだ。嫌われるだけだろ。分かってる。山田のこの反応も、怖がっているだけなのかも知れねぇし。勘違いするな、分かってんだろ。山田が誰を好きなのか。「流されてんじゃねーよ」と自分に言い聞かせる様に吐いた言葉に、山田の身体が強張った様に感じて、"あぁ、やっぱり"なんて言葉が頭に響く。もう、こんな事...。これ以上、出来るわけねぇ。そう思いながら山田の首元から顔を上げて「山田」と名前を呼んでから、距離を取る様に少しだけ後退った。「もう、やめようぜ」"俺にこんな事してほしくねぇよな"なんて、聞けなくて、"俺に"なんて言って、否定されなかったら、そう考えると怖くなって、んな事、言えるわけねぇじゃねか。「こんな事、お前も本当はしたくねーだろ?」と言った後、泣きそうになって、山田から目を逸らしそうになった。だけど、逸らしたところでもう、この関係は終わりなんだ。もう、終わりにしないといけねぇだろ。俺が無理に始めたんだ。俺が、終わりにしねぇと。そんなことを思いながら「こんな事して協力なんて言うのも、もう出来ねーし...」と、溜まった涙が溢れてしまいそうで、思わず山田から視線を逸らした。「悪かったな、変な事に付き合わせちまって」なんて誤魔化す様に首裏を手で摩ると『み、つい先輩?』といつもの縋る様な、震える様な声で山田が囁く。やめろ、やめてくれ。もう、こんな事...俺は。「やめろよ、まじで」と喉に詰まった言葉を掻き消す様に声を漏らして、息をごくりと飲んでから山田へと視線を戻した。「誰でも良いんだよ」そう、思ってない事を呟いたのは、俺から離れて欲しかったからで、そうすりゃあ宮城と幸せになれんだろ、だとか、そんな事は言い訳でむしろ、ただ俺が、辛かったからで。揺れた瞳で俺を見つめた山田の瞳を見つめて、深呼吸を一度だけした。『...え?』と驚いた様に俺を見つめた山田に、言いたくもない一言を、言わなきゃいけないと勝手に思ったんだ。



「お前じゃなくても」

『え?み、三井先輩...?』

「...っから、こんな事終わりだって...言ってんだよ」




縋る様なあの瞳で、俺を求める様な熱い瞳が、揺らいだ瞳の意味が、分からないまま、再び山田の唇を塞いだ。答えなんか聞きたくなくて、あわよくば、"終わりにしたくない"と、言って欲しい。だけど、答えなんか、聞けるわけねぇだろ。いつもの様に山田の手が俺のワイシャツを掴む感覚に、軋んだ胸が余計に痛んだ。分かってる。こんなの、反射的な行動で、俺に縋っているわけでもない。山田の好きな奴は、宮城だってちゃんと、分かってる。そう思いながらもワイシャツを掴んでいる山田の手を掴んで、いつもの様に指を絡めた。俺を見つめる熱い瞳も、濡れた瞳も、求める様なそんな仕草も、熱い吐息も、俺のものにはならないんだと、ちゃんと分かってる。『みつ、い先輩...』と離れた唇から漏れた山田の声に、山田から離れる覚悟が揺らいでしまう気がして、「だから、それやめろよ」と、山田に苛立ちをぶつける様に呟いて再び山田の唇を塞いだ。




嫉妬、怒り、そして...
(俺が山田から離れたら丸く、収まるんだろうか)




あの日以来、山田に会いにいく事はねぇし、山田が俺に会いに来ることもなかった。だけど宮城から言われた「遊びだったんすか?」と言う言葉に、カッとなって1発殴ってしまったのも事実。もちろん赤木に怒られはしたが、喧嘩の理由なんて言えるわけねぇ。その後「俺、マジで奪いますよ」と宮城に言われた言葉に「元からお前の事しか見てねぇだろ」と言い返したら何故だか宮城に殴られて、意味がわからなかった。宮城に「アンタなんも分かってねぇな」と言われた一言が何故だか引っかかって「分かってねぇのはどっちなんだよ」と俺の口から自然と漏れた。だってそうだろ?山田が好きなのは宮城で、宮城も山田が好きで、それなのになんで"奪いますよ"だとか、馬鹿みてぇな言葉が出てくるんだよ。つーかお前ら付き合ってんじゃねぇーの?付き合ってなかったとしても、お前は簡単に、山田を振り向かせられるくせに。沸々と湧き上がった怒りに任せて宮城を再び殴ったけれど、お得意の飛び蹴りを食らわされて、俺たちは再び赤木に怒られた。けれど、殴られた場所なんかよりも、胸の方がよっぽど、ずっと、痛んだままだった。







Modoru Main Susumu