放課後、空き教室で







自分の事をやたらと見ている奴がいるのには気づいていた。視線を感じた方へ視線を移すと、すぐに目を逸らされる。最初は何なんだよ、と思うだけだった。そりゃあ、グレてた奴が部活に戻るなんて話、学校のゴシップネタにはピッタリだろうし、暇でつまんねー奴が興味本位で見ているだけなんだと思って特段気にしたりなんてしなかった。だけどやたらと視界に入ってきたりすれば話は別だ。"何見てんだよ"と言いたかったけれど、俺が視線を移せば顔を真っ赤にして逸らすもんだから、そんなこと言えやしなかった。別に自惚れている訳じゃない。何か言いたいことがあるのなら、言えば良い話だからだ。いや、本当は自惚れていたのかもしれない。毎日の様に視線を投げかけてくるんだ、誰だって自惚れるに決まってるだろう。しかし、そんな彼女と話したこともなければ彼女の声を聞いたことすらない、俺を見つめて慌てて視線を逸らす彼女の顔しか知らないのだ。恥ずかしそうに頬を赤く染める、彼女の顔だけしか、俺は知らない。自惚れるほど見られているせいなのか、やけに目につき始めると、いつの間にか俺も彼女の姿を目で追っていることに気がついた。だけどこの気持ちを恋と呼ぶには何かが足りないような気がして、それに今はそんな事にかまけていられるほど余裕なんてありはしないのだ。戻ると決めたその日から、バスケに打ち込んでいるのだから。そんな、恋だなんて面倒くさいものに振り回されたくなんかない。散々、馬鹿やったんだ。馬鹿をやるのはもう、良いだろう。そう、思っていたはずだったんだ。あの日、部室で逃げる様に立ち去った彼女を見るまでは…。練習を終えて部室に戻ると薄暗い中に人影が見えた。




「誰かそこにいんのか?」




誰かの声が聞こえると「誰だ?」と少しだけ声を荒げた。おい、勘弁してくれ。幽霊とかじゃねえだろうな。内心ドキドキで声をかけるも、逃げる様に何かを掴んで俺の横を走り抜ける。その瞬間にその人物の腕を掴むと『あ…』と小さく声を漏らしながら俺を見上げてくる顔を見つめた。彼女だ。「お前」と俺の声を遮るように振り払われた手に驚いて、俺の横を走り抜けていく彼女の背中を静かに見つめる。何なんだよ。と思いながら自分の後頭部を少し掻いて、部室の明かりを付けるとユニフォームを入れているカゴからユニフォームが溢れ出ていた。「ったく…あいつら…」"片付けろよな"と言う言葉を飲み込んで、カゴからはみ出たユニフォームをカゴに押し込みながら、先ほど彼女が掴んでいた何かを思い出す。まさか…な。なんて思いながらカゴの中から自分のユニフォームを探したが、自分のユニフォームはちゃんとある。しかし、1人分足りないのだ。そこでようやく自分が自惚れていることに気が付いた。彼女は俺を見ていたんじゃない。俺の近くにいる宮城リョータを見つめていたのだ。額を自分の手で少しだけ擦ってから「まじかよ…」と恥ずかしさを誤魔化す様にポツリと呟く。だけど呟いたことで余計に恥ずかしくなってきて、急いで着替えて部室を後にした。次の日、彼女を探すべく1年の教室を見て回ったけれど彼女の姿は見つけることが出来なかった。次に2年の教室を見て回って、そこで、ようやく彼女を見つけ出した。教室の扉近くの奴に「なぁ、あいつ。あそこの奴に、三井が呼んでるって言ってくれねえか?」と教室の中にいる彼女を指さすと、"山田さん"と呼ばれた彼女が、こちらを振り向く。俺の知らない、頬を赤く染めていない顔をこちらへ向けたのだ。見惚れる様に見つめていると、彼女が下唇を軽く噛んだのが見えた。その後すぐに顔を逸らされて、鞄を肩にかけた彼女が下を向きながら俺の方へ近づいてくると『なにか、様ですか?』と呟いた声は、昨日と同じような、か細い声。俺がため息交じりに「分かってんだろ?」と問いかけると彼女は『何のことですか?』と俺を見つめる。微かに揺れる彼女の瞳を見つめていられなくて「良いから、着いてこい」と言うと『わかりました』と再びか細い声で呟きながら俺から視線を静かに外した。




















その後、空き教室に移動してから「見たことある顔だよな」と問いかけてみた。いや、元々見たことあるのは俺の方で、彼女は昨日初めて俺のことを見たのかもしれない。なんてったって、逃げた彼女が握っていたのは宮城のユニフォームだったのだから。俺のことなんて知る訳がないだろう。彼女は『な、ないと思いますけど...』と否定するように首を左右に振って一瞬だけ俺を見つめて瞳を逸らした。「昨日部室にいただろ」と確認する様に問いかけると『何のことですか?』と俺の方を見ないまま、下唇を軽く食んだ彼女に「お前」と言ってから、やけに口の中が乾いてごくりと生唾を飲み込んだ。何故だか心臓の音がバクバク鳴り響く中「宮城が好きなんだろ?」なんて問いかけて彼女を見つめた。『え?』と焦った様に俺を見つめた彼女の答えを聞いて、俺の瞳が一瞬泳いだ。自分ではそれが何故なのか分からなくて、その疑問を誤魔化す様に「だと思った」と小さく笑ってから自分でも信じられないような言葉が口から漏れた。「協力してやるよ」そう、呟きながら眉を寄せたのは、自分でも何を言っているんだ、と思ったからだ。彼女は首を左右に振っていたけれど、「昨日のこと、黙っててやってもいいぜ?」なんて脅迫めいた事を言って彼女の肩を軽く叩く。目で追っていただけの彼女の事を、もう少し知りたくなったのだ。別に、あれだけ熱い眼差しで宮城を見ている女とは、一体どんな女なんだろうか。そう、少し気になっただけで、他の意図なんてありはしないのだ。そして次の日から、部活の始まる前の放課後の少し空いた時間に、彼女と話す様になった。彼女の名前は山田花子、名前を聞くときは死ぬほど緊張したのに話す時間が増えるたび、この気持ちの意味を考える。答えが分からないまま。宮城と山田を引き合わせると、『なんで呼ぶんですかっ!』とふくれっ面して顔を少し赤らめた山田になんだか笑えた。その日の放課後、いつもよりも上機嫌な山田に馬鹿な事を、と言うよりも聞きたくもない事を聞いてしまったのだ。





「んで?」

『...え、なんです?』

「告白は?」

『えっ、え?あはは、告白って...そんな...』

「キスは?」

『...え?』




口から言葉が漏れる毎に頭の中が熱くなって、自分の意志では止められない問いかけの言葉が口から漏れていく。「セックスは?」と山田を見つめながら「宮城としてーのか?」と問いかけた。その問いかけの意味がどう言った意図なのか、自分ではきちんと理解していた。否定を、して欲しかったのだ。宮城じゃなく、俺を見ていたんだと。あるはずもない幻想を抱きながら、瞬きを一度。何も言わない山田に苛ついて「どーなんだよ」と責め立てるような口調で言ってしまった。こんな事が言いたいんじゃない。クッソ、と思いながらため息を一度吐いて、椅子から腰を上げて山田を見下ろした。机の上で拳を作っている山田の手の上に自分の手を重ねて、『あ、の...三井先輩?』と戸惑うように俺の顔と机の上の手に視線を交互に移した山田の顔を覗き込むように「協力するっつったよな?」と問いかけてから山田と視線を絡める。一方的で、どれだけ身勝手な行動をしてるんだ、と責め立てられても構わない。なんならぶん殴ってくれても良い。山田の姿を目で追っていた時にはもう既に、俺は恋に落ちていたのだ。「やっぱ出来ねーわ」と言って山田の頬に手を寄せてから、彼女の揺れる瞳を見つめた。俺は、協力なんて名目で彼女にただ、近づきたかったのだ。山田花子と言う人間に。良い人と、思って欲しかったんだろうか。それとも好きに、なって欲しかったんだろうか、答えはわからないまま何も言わずに俺を見つめる山田の瞳に吸い込まれる様に、俺は彼女の唇に優しく触れた。軽くリップ音が響いて唇が離れると、固まった様に動かない山田の瞳を薄く持ち上げた瞼の隙間から見つめると、お互い何も言わないままで、俺は確認する様に再び唇を押し当てる。山田に掴まれた俺のワイシャツが、クシャリと微かな音を鳴らすと高揚感が俺を包んだ。まるで求められている様で、そんな事、ある筈もないのに。山田の手に重ねていた手に力を込めると『まっ、て』と震える様な声が聞こえて、瞼を持ち上げると、彼女の瞳が俺を捉えた。山田がパチパチと何度も繰り返す瞬きと、山田の少しだけ濡れた様な瞳と、徐々に赤く染まっていく山田の頬と、バクバク煩く響く俺の心臓の音。嫌だとか、やめて、なんて言葉が出てくるかと思ったのに、拒絶されていないのか、それとも俺が怖いのか。堪らなくなって再び唇を押し当てて、山田の瞼が下りたことを確認すると自分の舌で山田の唇を軽くなぞった。応える様に山田の唇が少し開いたことを合図に、山田の唇の間を舌でなぞって頬を包んでいた手を後頭部へ移動させる。逃げないで欲しいと思ったからか、もっと欲しいと、思ってしまったからなのか。はたまた両方か。『せん、ぱ...』と山田の震えた声が聞こえると、拒絶されている様で怖くなって舌を捩じ込んだ。聞きたい筈なのにこれ以上聞けなくて、昂った感情をぶつける様に山田にキスをして、机の上に置かれた手を強く握った。山田が顔を逸らしてから濡れた瞳で俺を見つめると『なん、で』とか細い声で呟いて、瞳を揺らす。なんでなんて、俺の方が聞きてぇーよ。なんで部室で鉢合わせた時みたいに、逃げないんだよ。なんで、縋るみてぇに俺のワイシャツを掴むんだ。宮城を見ているわけでもないのに、なんでそんなに、頬を赤く、染めているのか。聞きたい言葉が喉の奥でつっかえた様に息が一瞬苦しくなると、耐えきれなくなって山田の唇を再び塞いだ。




















あの日から、俺は山田と、キスを、繰り返している。山田が拒まない理由を、放課後この教室に来る意味も、嫌だとか、やめてだとかの言葉を山田が漏らさない意味も、聞けないまま。良くないと頭では理解しているのに、放課後にこの教室に来て山田を見るとホッとしてしまう。まだ、嫌われていないんだと。そしてキスをする毎に、意外と、好かれているんじゃないのかなんて自惚れてしまうんだ。唇を重ねる度にもっと欲しくなって、どこまで許されるのか限界を探してしまう。どこまで進んでしまったら俺を嫌うのか、それとも全て許してくれるのか、まるで試しているみたいに。だけど進んだところで、山田が宮城と話しているところを見てしまえば、全て無かったことにされている様で、胸が押しつぶされる様に苦しくなる。そうだ。完全に嫉妬を、しているのだ。情けない事に、自分の気持ちを伝えているわけでもない、ただ不純な行為を繰り返しているだけの癖して、嫉妬する権利なんかあるのだろうか。と、いうか一体こんな事をして、何になるんだ?この先、俺と山田はどうなる?と、言うか今の関係とは?疑問ばかりが頭を支配するのに、その言葉は俺の口から出ることはなかったし、練習見にこいなんて言って山田が宮城と話すところを見れば嫉妬して、宮城と話している時の様な穏やかな顔を山田が俺に向ける事はない。俺が100%の気持ちを山田にぶつけたところで何になると言うのだ。宮城が10%、いや...5%でも山田へ気持ちを傾けてしまったら、山田は喜んで宮城のところにすっ飛んでいくだろう。自分でも何をしてるんだ、馬鹿やってんな。と分かっているのに宮城が見える様なところでキスをしようとしてしまった。馬鹿だよな、そうだ。馬鹿なんだよ俺は。パシッと山田の掌が俺の唇に当たって、ムッとしながら「駄目なのかよ」と問いかけた。初めて、拒絶されている気がしたのだ。いや、ダメだろ。普通に考えて。頭では分かっている癖して問いかける自分はなんて卑怯で馬鹿なんだ。そう思いつつも山田の答えを待つと、『み、られちゃいますし...』と眉を寄せて目を泳がせた山田の手首を掴んで「宮城に?」と問いかけてしまった。だっせぇ。だせぇ質問。見せつけてやろうぜ、くらい言えねーのかよ。自分に苛立って眉を寄せると、山田は『そ、う...ですね』と戸惑った様に声を漏らしながら顔を下に向けて黙った。あーあ、だっせぇ上に好きだと言う勇気すらない。"嫉妬してんだよ"と言ってしまったら山田はどんな反応をするんだろうか。驚くだろうか、それとも、拒絶されて終わりなんだろうか。それとも本当は、俺が怖くて拒めないだけなんだろうか。"怖いのか?俺が"その言葉が喉につっかえている様でグッと喉奥が苦しくなると、誤魔化す様にゴクリと生唾を飲み込んで口元に当てられた山田の掌に唇を押し当てた。『えっ?』と驚いた様に顔を上げた山田の瞳を少しだけ見つめてから、再び唇を押し当てると、山田の手がビクッと震える。山田の赤くなる頬を目に焼き付ける様にゆっくりと瞼を一度下ろして「それとも他の奴らが帰るまで、こうしてるか?」なんて馬鹿みたいな事を口にすると、山田の手に力が入って『やっ、』と拒絶されると驚くほど胸が痛んだ。知ってるよ。宮城が、好きなんだもんな。嫌だよな、他の男に触られんのも舐められんのも。分かってる。分かってるっつーの。拒絶された割に俺の頭の中の声はやけに饒舌だった。もうこうなったら開き直ってやる。と言わんばかりに半ばヤケクソに彼女の掌を舌先でなぞると、下唇を噛みながらピクリと反応する彼女の姿に、あークッソ、なんて思いつつも止められるタイミングを見失ったまま彼女の指の間を舌でなぞった。途端に『あっ』と彼女の声が聞こえると同時に、すぐさま彼女の口を俺の手で塞いだ。誰かに聞こえてしまっているのでは?なんて思いつつ、確認する様に山田が反応を示した指の間をゆっくりと舌先でなぞると、山田の瞳が濡れていく。彼女の揺れる瞳を見つめていられなくて瞼を閉じると、『み、つ...いせんぱ、い』と縋る様な声がして瞼を持ち上げる。その瞳を見つめる度に、怖くなるんだ。時間が止まった様な気がして、山田の濡れた瞳と、赤く染まった頬を見つめた。やめろよ、その顔。まるで、俺を求めている様な、欲情した様な、熱っぽい様な、その瞳で見つめられると、勘違いを、してしまうんだ。ドキドキと早くなった心拍数の音が頭の中で響いて、"好きだ"と伝えたいのに怖くてごくりと生唾を飲み込んだ。その瞬間、「三井サン」と体育館の入口から声が聞こえて視線を移すと宮城が片眉を上げながらこちらを見ていた。おい、本当、お前なんなんだよ。良いタイミングでくるよな。まさか見てたんじゃねーだろうな。とバクバク鳴り響いた心臓の音が耳鳴りの様にうるさく聞こえると「2人で口塞いでなにやってんすか?」なんて、宮城は不思議そうに問いかけてくる。俺がしょーもない言い訳を並べると宮城は納得行かなそうに文句を言っていたけれど、山田が『そ、う!そうなの!』と焦った様に声を荒げると、宮城は「ふーん」と納得行かなそうに片眉を上げていた。俺はと言うと、そうだよな。宮城に見られたくねーよな。なんて勝手に1人でムッとしながら少しだけ口を尖らせて、立ち上がって宮城の方へ移動する。その瞬間、あからさまに安堵した様な山田のホッとした深呼吸を聞き逃す事もできないまま、俺は誤魔化す様に宮城と体育館の鍵をどうするか、なんて話をして、山田に部室に一緒に行くかと尋ねた。いや、尋ねると言うか、来て欲しかったのだ。俺がいない間に、この2人の恋が進んでしまったら?そんな余裕のない事を考えて「一緒に部室くんだろ?」なんて言ってしまったんだ。山田は『そうですね?』と少しだけ疑問系で答えながら首を傾げていたけれど、そんな些細な一言で、少しの優越感が俺を満たした。





















その後部室に行って、足の指先を怪我した山田の手当てをして、何を思ったのか、いや、何も思ってないただの馬鹿野郎だったのか、沸々嫉妬心が込み上げてきたのか、それとも俺を求めている様なあの瞳を、見たくなったのか、彼女の頬を包みながら、唇を落とす。山田の膝に置いた指を太ももに向かってなぞらせながら、軽く唇を吸い上げて何度も、何度も、唇を重ねて、山田の舌先がおずおずと出てくると、堪らなくなって応える様に舌先でなぞった。『三井先輩』と聞こえた声を合図に、唇を離して薄く持ち上げた瞼の隙間から山田を見つめると、山田は何も言わないまま俺を見つめる。山田とキスをしている時、俺はこの、間が怖くなるのだ。いつかは、許してくれなくなる様な気がして、山田の口から"触らないで"とか"もうやめて“だとかを、言われるんじゃないかと思ってハラハラする。お互いを見つめる時間が怖くなって、この行為を止める術も知らないまま、山田の荒くなった呼吸を聞きながら、頬に寄せた手を後頭部へと滑らせて再び口を塞いだ。山田の口の隙間から舌を滑らせて、舌を絡めとる。キスをしているのに、こんなに近づいているのに、どうしようもなく不安になって、胸が押しつぶされそうなほど苦しくなる。焦ったように指で山田の内腿をなぞると、身体を揺らしながら『待って、』と顔を逸らした山田の顔を追いかけて、再び山田の唇を塞いだ。山田の手で俺の肩が押されると、軋むように胸が痛くなって、拒む様な言葉を漏らして欲しくなくて山田の口内を舌でなぞった。勝手だ。勝手なんだ、好きと伝えているわけでもない癖に、こんな事をして、勝手に嫉妬して、勝手に苦しくなって、もう頭ん中なんてのはぐしゃぐしゃだ。それに、自分の好きな奴が目の前で甘い声を漏らして、理性なんか保てるわけねーだろ。と自分に言い訳を並べながら唾液混じりのリップ音と共に唇を離して、指先で何度も山田の内腿をなぞった。薄く開けた瞳で山田を見つめながら、濡れた山田の瞳を見つめて、あの瞳だ。と欲情を掻き立てられる。瞼を閉じながら『み、つい先輩...』と熱っぽい声で俺の名前を呼んだ山田に、本当に、俺のことを求めてくれていれば良いのに。と思いながら指先をスカートの中へ潜らせて、山田の太ももの付け根を優しくなぞった。閉じていた山田の瞼が持ち上がって、濡れた瞳が俺を見つめる。揺れる瞳と焦点が合うと『だめっ』と山田の口から言葉が漏れて、だけどその光景がやけに官能的で堪らずにごくりと生唾を飲み込んだ。『だ、め』と潤んだ瞳を揺らしながら山田が赤く染まった頬を隠す様に下を向いた事を合図に再び山田の太ももの付け根をなぞると、山田の口から吐息混じりに甘い声が小さく漏れた。あー、声やべぇな。なんて思いながら"どこまで許してくれんだよ"と自然と口から漏れてしまった。聞いていなかったのか山田の顔が上がるのが見えると、焦りながら「なんで止めねーんだよ」と言い直してから、誤魔化す様に山田の唇を塞いでいく。いいや、山田は十分止めてきたじゃないか。"だめ"だとか"待って"だとか、散々、言ってきたのに止めなかったのは俺だろ。そうだ、止められねーに決まってるだろ、こんな顔を見て、こんな声を聞いて、止められる奴なんかいねーだろ。いや、でもマジで止めねーと...なんて止めなければいけないと分かっているのに再び山田の太ももの付け根を指でなぞった。その瞬間に聞こえた小さな水音に、ビクッと山田の身体が硬直して、俺も思わず手を止める。おい、今の、今...聞こえたのは?と少し考えて下着に手を滑らそうとして手を止めた。何故なら山田が泣きそうな顔をしながら瞳を揺らしていたからだ。山田は、本気で嫌がっていたのだ。そんなに本気でやめて欲しかったのか。と悟りながらスカートの中から手を引いて「山田?」と顔を覗いてみたけれど山田は何も言わずに椅子から立ち上がると部室から逃げる様に走り去った。何度も名前を呼んだけれど、立ち止まる気配なんかなかったし、俺の足も動かなかった。なぜならあんな事をして泣かせた癖になんて声をかければ良いのかわからなかったのだ。ボーッと立ち尽くした後に「あー、くっそ」と頭をぐしゃぐしゃと少し掻いて項垂れると行き場のない感情のせいか、ため息を漏らすことさえ出来なかった。




勝手に焦って苛立って、暴走してる馬鹿な奴
(こんな奴の事を、誰が好きになるんだよ)




その日から放課後に俺が空き教室に行くことは無かった。だってもし、山田が空き教室で待っていなかったら?どうしたら良い?余計悲しくなるだけだろ。それに待ってるはずねぇじゃねーか。泣かせたんだ。山田の言葉を無視して、傷つけた。考えれば考えるほど落ち込んできて、はぁ、とため息を吐きながら、練習で流れてきた汗をシャツの襟口で軽く拭った。






Modoru Main Susumu